家系図作成7つのポイント

家系図作成7つのポイント

家系図(苗字?家紋?武士?農家?)について発信します。

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『家系図作成!7つのポイント』
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1、家系図って?
2、150~200年「戸籍調査」って?
3、400~1000年「戸籍以上の調査」って?
4、業者に頼むといくらかかる?
5、自分でつくる?業者に頼む?
6、筆耕~家系図を筆で書く
7、表装~巻物や掛軸に
おまけ 家系図って必要?
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家系図の小説、はじめました。1000年の歴史をたどる物語、第一歩をぜひご覧ください!

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「もしもし…えーと。家系図?ってやってます?よね?」 電話越しに聞こえる明るい声。若い女性だろう。

「はい。ホームページをご覧いただいたんでしょうか?」 「近所に住んでて、看板見てホームページ見た!」 元気いっぱいの声に思わず受話器を少し耳から離す。

「まずいくつかご希望を伺ってもいいですか?」 「いいよー、どんな感じ?」

簡単な質問をすると、彼女は「わからない」ばかり。 「大丈夫ですよ。ほとんどの方がそんな感じです。」 「そっか、よかったー!」

その明るさに、不思議と引き込まれる。 「それでね、今、家の前にいるんだよね!」

「え?」 窓の外には、自転車にまたがるポニーテールの女の子が。 慌てて玄関を開けると、彼女は明るく頭を下げた。 「こんにちは!源静香(みなもとしずか)です!」

初対面なのに、不思議と親しみを感じる彼女。 そんな彼女との家系調査が、ここから始まった――。

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あなたの家系にも、なにかドラマがあるかもしれませんね。
家系図をたどってみたいと思ったことはありますか?そのきっかけは何でしたか?

※もっと知りたい方はこちら↓
『1000年たどる家系図の物語』-序章- 源静香の訪問/公式ブログ
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【第7回】 職場の同僚・知人の「山本さん」、実はとんでもない出自かも
 

 

約30万種もあるといわれる名字。貴族の末裔、武家の子孫、地名や職業由来……その起源を辿れば、自分のルーツを知ることができます。本連載では、家系図作成代行センター株式会社代表の渡辺宗貴氏が、様々な名字の起源や分布を解説していきます。今回取り上げるのは、日本で七番目に多い「山本」さんになります。

 

 

 日本全国に跋扈(ばっこ)する「山本さん」

 

山本という苗字は全国各地にある山本という地名に由来します。山本とは「山のふもと」のことをいい、そういう場所に地名として命名されています。そして山本地名に住み着いた家が、山本という苗字を名乗りました。4位田中姓と並ぶ地名名字の代表です(関連記事:『大阪・兵庫・京都でNO.1!「田中さん」が西日本で多いワケ』)。

 

全国の山本地名から山本氏は発祥していますが、とくに有名なのは安房国(千葉県)の発祥で後に群馬県館林市へ本拠地を移した第56代清和天皇(850~880)の流れをくむ清和源氏里見氏族の子孫という山本氏になってます。

系図によれば里見五郎義胤の子義宣が山本左近将監(さこんしょうげん)と名乗ったことから始まりになります。

 

 

ありとあらゆるシーンで登場する「山本さん」

 

 

また滋賀県長浜市湖北町山本から発祥した系統も有名で、こちらも清和源氏佐竹氏族の流れをくみ佐竹刑部太郎義業の子義定が山本遠江守(とおとうみのかみ)と称したことに始まりになります。

ほか中国地方では岡山県美作市には天照大神の流れをくむ学問の神様・菅原道真(845~903)の一族という山本氏がいました。この他にも、さらに多数の発祥があるようです。

では、分布を見てみましょうか。西日本に特に多いくなかでも関西に多いですが、4位の田中さんと同じく全国にまんべんなく広がっていますね。

 

都道府県別「山本」の分布
出所:2009年 NTT電話帳調べ

 

 

都道府県別「山本」の分布図
青の色が濃いほど、山本姓が多い(出所:筆者作成)
 

 

それはそうかもしれません。山本とは「山のふもと」のことで日本全国に無数にこの地名があります。農耕国家であった我が国には無数ともいえるほどの田中地名があったのと同じように、無数ともいえる山本地名があったからなのです。

4位の田中姓と同じく全国にある無数の地名から発祥した山本姓。もし自分の名字が「山本」であった場合、ルーツは何なのか? 候補の多さに途方に暮れてしまいそうですが、ルーツを推測する重要な手掛かりの一つは家紋になります。
 

清和源氏発祥の山本姓は「巴」「桔梗」「九曜」紋等を愛用しています。

宇多源氏発祥の山本姓は「四つ目」「桐」紋等を愛用しています。

藤原氏発祥の山本姓は「七曜」「巴」紋等を愛用しています。

 

 

自分の家の家紋がわかっていれば、まずは家紋を参考にしてみましょう。

 

 

 山本姓…多数の候補から自分のルーツを探すには

 

家紋だけでは、ルーツ候補の絞り込みはできるかもしれませんが、確定にまでは至らないのです。日本の代表的な名字辞典『姓氏家系大辞典』を見てみましょうか。

※『姓氏家系大辞典をみると同時に、近年の名字辞典をあわせてみると姓氏家系大辞典でよくわからない専門的な用語の理解も深まると思います。おすすめの近年の名字辞典は『姓氏苗字辞典』(金園社 丸山浩一著)日本姓氏大辞典 解説編』(角川書店 丹羽基二著)全国名字大辞典(東京堂出版 森岡浩著)です。

『姓氏家系大辞典で山本の項目を見ると、77項目もあるんです。ざっと流し見をしてみます。冒頭の解説に「上加茂社」「加茂県主」「大池神主」などという記載が見えます。

「なんとなく神社に関係ある姓なのかな?」というイメージがわくと思います。さらに「もと上加茂の神職…」という記載が見えます。「1、賀茂姓」と「2、藤原姓加藤氏族」から「加茂神社の神主の山本さんは、藤原氏がルーツなのかな?」ということがなんとなく感じられるでしょう。

次に近年の名字辞典で、山本姓についての記載を見ます。近年の名字辞典では山本のような大姓はだいたい1~2ページにまとめられています。そうすると、
 

・山本は山元に通じる
・山は古代から信仰の対象
・山の神を崇めた山本氏は神職にゆかりを持つ

 

ということがわかり、理解が深まります。さらに 

 

・京都の上加茂神社はじめ神職の山本氏は多い
・上加茂神社の山本氏は藤原氏を祖とする

 

ということがわかるんですよ。近年の名字辞典は先にあげた3冊をすべてに目を通すことをおすすめですね。

さて、『姓氏家系大辞典』に戻り読み進めると

 

11、摂津 「多くは清和源氏……」
15、荒木田姓
16、渡会姓
19、清和源氏 「近江国の豪族にして、全国の山本氏の多くはこの裔と称す。……」
23、佐々木姓 「家紋四ツ目結……」
29、菅原姓
36、桓武平氏
40、清和源氏新田氏族
48、清和源氏満政流
58、日下部姓
69、桓武平氏長野氏族

 

などと、ざっと見ただけでも覚えきれないほどの発祥があります。それでは、仮に、静岡県の山本さんとして『姓氏家系大辞典』と『ネット検索』を組み合わせて検証してみましょうか。

まずは『姓氏家系大辞典』の山本の項目で静岡に関係ありそうなところを見ておきます。

 

33、駿河 今川義元家臣山本左衛門佐義晴・駿河藁科を領し…家紋一巴、柏葉
34、清和源氏吉野氏族 有名なる勘助晴幸は、駿河の源氏吉野冠者の後という……
35、甲斐 巨摩郡の豪族にありて、山本土佐守は駿河の南宮に住す……
37、伊豆 ……又、田子村の士に山本常任あり、北条早雲氏に属す

 

などとあります。33と37に出てくる著名な人物の今川義元は戦国大名、北条早雲は室町時代の武将です。その家臣に山本氏がいたようです。35によると甲斐国(山梨県)に豪族の山本氏も静岡に来ていたようなのです。自分のゆかりの地にかつていた有力家系を把握することはかなり重要です。この一族が土着していたなら、静岡県内に子孫がいるかもしれませんね。

34の「有名なる勘助晴幸」とはなんでしょうか? ネットで検索すると山本勘助という人物であり、勘助が名前で、晴幸が諱(いみな)ということがわかります。

諱や吉野冠者などもネットで調べられます。諱は武士が2つ持っていた名前のうちの1つ。吉野冠者は三河国(愛知県)の土豪山本氏の一族が称したもののようです。山本勘助も著名な人物で戦国武将です。自分のゆかりの地にいた著名人物を把握することも重要なことなのです。

一方でルーツを推測する際に気を付けなければならないのが、自分のゆかりの地に上記のような有力家系や著名な人物が出てきたときに早計に結びつけて考えてしまうことなのです。確かに、著名な人物は勢力もあり子孫も多かったはずですので、その子孫も多く、つながる可能性も十分にありますが、まずは客観的に古い時代にどういう人物がいたか把握し、その人物について調べ、その子孫がどうなっているかをひとつずつ見ていくことにしましょうね。

たとえば山本勘助をネット検索すると、下記が読み取れます。
 

・その子孫は養子を経て徳川氏に仕える
・その後、甲斐国(山梨県)・山城国(京都府)・丹波国(兵庫県)・常陸国(茨城県)・下野国(栃木県)・越後国(新潟県)を経て最終的に上野国(群馬県)高崎藩士となる。
・その後、子孫は静岡県沼津市に移住

 

ネットで検索した記述は、その信ぴょう性を検証する必要がありますが、上記の記載は

 

・「真下家所蔵文書」「沼津山本家文書」なる古文書が発見され
・その文書の研究を基に一定の信ぴょう性がある

と、判断されたもので、さらに詳しくは

・「山本勘助の虚像と実像」『武田氏研究 第36号』柴辻俊六
・山梨県立博物館監修・海老沼真治編『「山本菅助」の実像を探る』(戎光祥出版)

 

などの研究結果が発表されているようですね。山本勘助のケースは、戦国時代の駿河国(静岡県)の記録に出てきて、その後、移住を繰り返し、子孫が静岡県沼津市に戻ってきたケースで、もし自分の先祖が沼津市であればつながる可能性が十分に考えられたかもしれませんね。

ですが、これはやや稀なケースです。戦国時代など古い時代の記録に出てきた同姓が、その地に子孫を残した(あるいは山本勘助のように戻ってきた)かどうかはやはり一段階調査が必要になりますね。

では、もう一段階どのように調査するかというと、『姓氏家系大辞典』の次に見るべきは『角川日本姓氏歴史人物大辞典』です。角川書店が『姓氏家系大辞典』を補足する目的で平成元年から都道府県別に刊行を始めた地域別の苗字辞典です。現在のところ岩手県・宮城県・群馬県・山梨県・長野県・静岡県・神奈川県・富山県・石川県・京都府・山口県・鹿児島県・沖縄県などが刊行されています。調査地域がこれらに該当する場合は必ず見なければなりません。該当しなくとも近隣県のものは見るべきなのです。

例として静岡県の『角川日本姓氏歴史人物大辞典』を見てみましょう。山本の項目を見ると、まずは冒頭に

  「山本 やまもと 伊豆国賀茂郡田子(西伊豆町)の土豪に山本氏がある。近江国浅井郡(滋賀県)の出身という(小田原編年録)」

とあります。土豪(どごう)とは、室町・戦国期の言葉で「土地の小豪族」を指します。 「小田原編年録」は北条氏に関する史書です。『姓氏家系大辞典』にあった

 

  37、伊豆 …又、田子村の士に山本常任あり、北条早雲氏に属す。

この記載の事のようです。また同じく『姓氏家系大辞典』には

  19、清和源氏 近江国の豪族にして、全国の山本氏の多くはこの裔と称す。当国浅井郡山本より起こりし……

 

とあるので、これらを合わせてみると

 

・清和源氏を祖とする近江国浅井郡山本の豪族山本氏の一族が、北条早雲に使え田子村(現在の静岡県西伊豆町)に豪族として栄えていた

と、いうことが推測されるんです。こうなると、たとえば自分の先祖が静岡県西伊豆町の出身であれば、「ここにつながるんだ!」「自分のルーツは滋賀県の清和源氏なんだ!」と思ってしまいそうですが、もう一段階慎重に検証してみましょうか。

実際には、近江国浅井郡山本発祥の山本氏や『角川日本姓氏歴史人物大辞典』の記載の出典となった「小田原編年録」を調べた上で、この2つの記述がつながるかどうかを把握しないとならないのです。

静岡県の『角川日本姓氏歴史人物大辞典』をもう少し読み進めると
 

 ■伊豆国那賀郡中村(西伊豆町)に、近江国(滋賀県)の佐々木氏族の末裔という山本氏がある……

という記載があります。佐々木氏族とは近江国蒲生郡佐々木から発祥した宇多源氏を祖とする有名な家系です。つい先ほど「滋賀県の清和源氏」が有力なルーツ候補に挙がったところなのに、今度は同じく「滋賀県の宇多源氏」の可能性が浮上しました。

ここでもう一度家紋に戻ると、宇多源氏佐々木氏族の代表家紋は「四つ目」なので、もし家紋が「四つ目」であれば「滋賀県の宇多源氏」の可能性がかなり高くなります。

いずれにせよ、ルーツを推測する際には仮説を立て、それに縛られることなく客観的に検証という手順が必要になるのです。とても手間暇がかかり、気の遠くなるような作業ですが、その作業の際に蓄積されていく知識は大変興味深いものでもあり、先祖のゆかりの地の歴史を学ぶことにもなり、決して無駄ではないように感じるのです。

また歴史は日々発見があるたびに変わっていきます。そのあたりも踏まえて常に新しい情報を得るようにしておきましょう。

 

 

 

【第6回】 渡辺・渡邉・渡邊・渡部…全ての「わたなべ」の発祥は大阪に! 

 

 

約30万種もあるといわれる名字。貴族の末裔、武家の子孫、地名や職業由来……その起源を辿れば、自分のルーツを知ることができます。本連載では、家系図作成代行センター株式会社代表の渡辺宗貴氏が、様々な名字の起源や分布を解説していきたいとおもいます。今回取り上げるのは、日本で六番目に多い「渡辺」さんです。

 

 伝説の多い「渡邊綱」をルーツにもつ、渡辺姓

 

「渡辺」「渡邉」「渡邊」「渡部」……と、同じ読み方でさまざまな「わたなべ」があり、誰もが面倒に感じたことがあると思われます。全国の渡辺・渡邉・渡邊・渡部姓は同族といわれ、第52代嵯峨天皇(786~842)の流れをくむ嵯峨源氏の末裔である渡邊綱(953~1025)の子孫といわれています。

渡邊綱は箕田宛(みた あつる)の子として生まれ、現在の大阪市西成区にあった渡辺村に本拠地を定めて渡辺綱と名乗りました。

綱は後に清和源氏の嫡流である源頼光に仕えて四天王の第一に数えられ、大いに武勇を轟かせるのです。京の一条戻橋付近で老婆に化けた鬼の片腕を斬り落とした話や、頼光四天王らとともに大江山で酒呑童子を退治した話は有名な話ですね。

綱の後、渡邊一族は全国に広がり、渡辺や渡邉・渡部とも書くようになりました。徳川家康に仕えた渡辺重綱の子孫は尾張藩徳川氏の家老となって明治に男爵を授かり、重綱の五男の子孫は大名となり、明治に子爵を授けられました。

では、渡辺姓の分布を見てみましょう。

 

 

都道府県別「渡辺」の分布
出所:2009年 NTT電話帳調べ

 

 

都道府県別「渡辺」の分布図
青の色が濃いほど、田中姓が多い(出所:筆者作成)

 

 

全国にまんべんなく広がっています。47都道府県の内、19県で10位以内に入っています。50位以下なのは6県のみ、100位以下は和歌山県の193位と沖縄県のランク外のみですね。

発祥はほぼ一か所。大阪の渡辺地名。ちなみに渡辺さんの始祖渡辺綱が住んだ渡辺村は、かつての言い方では摂津国西成郡渡辺であり、場所は大阪市中央区内にあるんです。

その後、大阪市渡辺町と呼ばれていましたが、1988年の地名変更で渡辺町が消えそうになると、全国の渡辺さんから「ルーツが消えるのには反対」という運動がおこったのです。

結局、大阪市中央区久太郎町四丁目1番、2番、3番の後に、4番という番地の代わりに渡辺の名が用いられることになり、「大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺」という少し不思議な地名として残ることになりました。

ここで、全国1~5位までの名字の復習とともに、大姓(多い名字)同士でも広がり方が違う点について見ていきたいとおもいます。

まず1位の佐藤姓は、さかのぼれば藤原氏の子孫が左衛門尉の「左」と藤原の「藤」を組み合わせて「左藤」と名乗ったことに始まります。2位の鈴木姓は穂積氏の一族が「稲穂を積み上げる(穂積)」ことを「すすき」ということにちなみ鈴木と名乗ったことに始まりますね。

このふたつは地名発祥ではありませんが、一つの発祥から全国に広がり大姓になったケースなのです。

1位の佐藤姓は藤原氏の大繁栄とともに広がりました。2位の鈴木姓は源義経の家臣鈴木三郎重家の末裔が広がったことと、鈴木氏の発祥と関連深い熊野信仰の広がり、また全国的な水路の発展も影響しているんです。ついで、3位の高橋姓と4位の田中姓は全国各地に無数にある高橋地名、田中地名から様々なルーツの高橋氏、田中氏が発祥しました。伊勢国(三重県)に住み着いた藤原氏の子孫が名乗った5位伊藤姓は1位の佐藤姓と同じく藤原氏の繁栄とともに広がったのです。

6位の渡辺姓は佐藤姓、鈴木姓、伊藤姓に近いケースです。非常に勢力のあった渡辺綱の一族は渡辺党を名乗り全国に広がっていますね。日本の歴史と名字の歴史を絡めてみると互いに理解が深まるんです。

ちなみに渡辺姓は「三つ星に一文字」(※一般に渡辺星と呼ばれる)紋を愛用しています。

 

 

「三ツ星に一文字」紋

 

 

 

 渡辺綱よりも古いかもしれない「渡部」

 

今回は『姓氏家系大辞典』とその他に近年書かれた別の名字辞典を見てみましょう。『姓氏家系大辞典』は立命館大学教授・太田亮(あきら)(1884~1956)が一生を捧げて完成させた苗字・家系研究の根本資料なんです。渡辺氏の解説には17ページに渡り70項目が割かれています。すべてをじっくり読むのは大変ですので、まずはポイントを押さえて斜め読みしてみましょう。

まず冒頭にはいきなり

「渡邊 ワタナベ 前条参照。」

とありますので、前条を見てみましょうか。前条は漢字ちがいの渡部(ワタナベ・ワタベ・ワタリベ)氏の解説があります。

「職業部の一にして、渡船の事を職とせし……」

とあります。また、

「後世の渡部氏は主として、嵯峨源氏にして渡邊氏に同じ。」

ともあります。想像するに「渡部という船を渡す職業から渡部氏が発祥し、そのルーツは渡辺氏と同じ嵯峨源氏なのかも?」などと思えますが、専門知識なくこの二文の意味を正確に理解するのは少々難しいとおもわれるのです。

そんな時は近年書かれた名字辞典を見るといいかもしれませんね。おすすめの名字辞典は

 

『姓氏苗字辞典』(金園社 丸山浩一著)
『日本姓氏大辞典 解説編』(角川書店 丹羽基二著)
『全国名字大辞典』(東京堂出版 森岡浩著)

 

です。いずれかを読めば、

 

・渡部という船を渡す職業から渡部氏が発祥
・その発祥時期は渡辺氏の始祖渡辺綱より古い
・後に、渡部氏と渡辺氏のルーツは同一とされていった

 

ということがわかります。『姓氏家系大辞典』をすっ飛ばして最初からおすすめの名字辞典を読めばいいのでは? という疑問もわくかもしれません・・・。また、渡辺姓のような大姓であればWEBに記載があるでしょうから、これくらいの事であればインターネット検索で事足りるでしょうね。それでもやはり自分の名字を調べたいと考えたときは『姓氏家系大辞典』は最初に見たいところです。

『姓氏家系大辞典』の渡辺さんの項目に戻りましょう。先に見た

 

「渡邊 ワタナベ 前条参照。」

 

の後に

 

「摂津、磐城等にこの地名が存す。」

 

とあります。摂津は大阪府なので、前述の大阪の渡辺町でしょう。磐城は福島県。福島県にも渡辺地名があったようですね。もしかしたら渡辺綱とは別の発祥があるのかもしれんので気を付けてみていきましょう。

まず1項目にはやはり嵯峨天皇を祖とする渡辺綱の記載。2項目からはその子孫の家系の記載が続きます。6項目目に

「秀郷流藤原姓荒木氏族 これも摂津の豪族にして…」

という記載。ということは、大阪の渡辺町から渡辺綱とは別系統で藤原氏からの渡辺氏の発祥があったのかもしれません。

ここで家紋と名字の話を少しします。全国1位の佐藤姓や5位の伊藤姓のように藤原氏を祖とする家系はやはり藤原氏の代表家紋の下がり藤など藤紋を使います。2位の鈴木姓は鈴木氏の元となった穂積氏にちなみ、稲穂紋や藤紋をよく使います。3位の高橋姓は高い柱(髙橋)を表す笠紋を愛用しますが、そのルーツにより様々な家紋を使います。4位の田中姓もそのルーツにより様々な家紋を使います。名字によって多彩な家紋を使う家系もあれば、「この名字ならこれ!」という場合もありますよね。

渡辺さんは後者です。渡辺さんの家紋は「三つ星に一文字」(渡辺星)。三つ星は渡辺氏のルーツ嵯峨天皇のシンボル。その下の「一」は「一」と書いて「かつ(勝つ)」とも読むため縁起を担いでつけたものになるのです。

ちなみに13位の佐々木姓の家紋も「この名字ならこれ!」という後者のケースで、代表家紋は隅立て四つ目になります。

 

では、『姓氏家系大辞典』に戻って、藤原氏発祥で荒木氏族の渡辺氏があることがわかりました。「ウチは渡辺なのに家紋はなぜか藤紋なんだ?」などというケースは、渡辺綱とは別家系の可能性もあるかもしれません。他にも

「村上源氏赤松氏族発祥の渡辺氏。」

「古代氏族賀茂氏発祥の渡辺氏。」

「橘氏を祖とする(諸説あり)楠木正成の裔の渡辺氏。」

などと、いくつか渡辺綱とは別家系の渡辺氏がいるようなのです。また30項目に

「磐城(福島県)菊多郡(石城郡)に渡辺村あり、関係あるか。……」

とあります。この地名からの渡辺氏の発祥の可能性があるものの『姓氏家系大辞典』作成時には詳細が判明していなかったということと思われます。この件について調べるには、近年の名字研究結果や福島県の名字辞典などに記録がないか探さないとならないかもしれませんね。全国の渡辺さんの大半は渡辺綱にゆかりがあるようですが、じっくり調べるとまた違う家系の可能性もあるようなのですよね。

渡辺綱以外の渡辺氏の発祥があることはかなり詳しい名字辞典じゃないと出ていません。大阪の渡辺町以外に渡辺氏の発祥の可能性がある地名があることはかなり詳しい名字辞典でもなかなか出ていないかもしれませんのでご注意を。

※それはその名字辞典の著者の知識が不足しているという問題ではなく、紙面の都合やその書籍の目的によるものです。

最後に、『姓氏家系大辞典』やその他苗字辞典の使い方を考えてみましょうか。たとえばインターネットの情報やたまたま手に取った苗字辞典のみの情報を頼りに

「そうか!私は渡辺なんで嵯峨天皇につながっているんだ!」

と判断するのは少し危険かもしれないですね。名字研究の世界は(名字研究に限らずですが)、誰も研究していない部分を一から調査するもあれば、先人の研究結果を利用させていただき、更なる調査を重ねていく作業もあります。いろんな名字辞典やインターネットの情報をみるとあっこの記述は『姓氏家系大辞典』(あるいは他の名字辞典)を基にしているんだなと、感じることが非常に多いのです。信頼できる苗字辞典であれば、さらに新たな見解や独自の調査結果を載せてくださっているんです。

たとえば、2位鈴木姓では鈴木氏の始祖「鈴木基行」について『姓氏家系大辞典』では
 

「鈴木基行より二十余世を経て、鈴木判官真勝あり、」

と、ありますが、現在の系図研究では、「二十余世(20世代ほど)を経て」ではなく「基行の子の良氏(よしうじ)が鈴木判官を名乗った」という説が定説となっています。今、私たちが名字について知ることができるのは、先人が情熱をささげて取り組んでくれた調査結果があるからなのです。いつもながら感謝の意があふれ出てきますよね。