そういえば、書くのを忘れていましたが、8月の初めに観ました。
どうかなと思っていたのですが、思った程嫌ではありませんでした。
忍者が所謂ファンタジーというか、魔法使いと混同されたような非現実的な術を多用する作品も多々ありますが、これについては許容範囲内でした。まあ、一度は里を離れた下忍達が戦線に戻る際のバラバラと巨木の上から落ちてくる様などは、お前らは虫か何かか、と言いたくなりましたが。
ただ、こうなると、主人公無門がかなり浮いてくるな、というのが正直な感想です。けして、魔法チックなものを使っているわけではありません(空蝉の術くらい)が、身体能力?が圧倒的過ぎて一人だけ超人と化しているような。まあ、主人公補正といわれればそれまでですが。

伊勢谷友介は最近になって受ける印象が良くなった気がします。『花燃ゆ』で吉田松陰をやったあたりからかな。日置大膳もよく似合っていました。ああ、そういえば彼も中々の超人ぶりを発揮していましたが。
あとは、國村隼の存在感でしょうか。出番はそれほど多くないのに、彼が出ることで作品が、何て言うんだろう、引き締まるというのか、そんな感じ。
エンターテイメントかと思いきや、以外に考えさせるような話になっていて、そのあたりは流石和田竜と思わされました。
そうそう。この前、久しぶりに映画館で映画を見ました。『関ヶ原』。

つくりとしてはまあまあ重厚でそれなりに楽しめた。演出に首を傾げる部分がなかった訳ではないが。
なんといっても、平岳大だ。僕は篤姫も江も真田丸も途中で視聴をやめた人間なので、時代劇での平岳大は初見だったのだけど、正直ここまで似合うとは思っていなかった。島左近役というのもしっくりきていたと思う。
個人的に気になったのは有村架純、というか、彼女を含む伊賀者たちか。その辺りの話は必要だったのか。まあ、原作を読んでないからわからないが、映画だけ観た感じだとそこまで必要には思えなかった。彼らの存在のために、話の焦点がややぼやけたようにさえ思う。まあ、いなかったらいなかったで、華やかさに欠けたろうが。この辺りのことについては異論反論おおいにありそうだけど。あくまで個人の感想なので、あしからず。

ところで、また個人的な好みの話になるけど、小道具の揃え方としてはかなり好きな感じだった。刀や槍、鉄砲だけでなく、木槌や斧なんかも混じっているのが、事実どうだったかは知らないがリアルに思えた。長槍隊が敵兵をぼこぼこ叩いているのもリアル。

もっと個人的なところになるけど、島津惟新斎(義弘)を麿赤兒がやっているのが、子供の頃『葵 徳川三代』を観ていた身としてはなんだか嬉しかった。島津の捨て奸(がまり)が観れなかったのは少し残念だったけど。
 結局のところ、何かを(意図的に)記憶に残そうと思えば、反復練習しかないらしい。というのも、脳自体がなのか、記憶のメカニズムがなのか詳しくは忘れたが、そうできているからなのである……とかなんとか、もっともらしいことを言ってみたり。
 だったら、ブログもサボるなよ、という話ですが。