楽をしたいからガンバル -9ページ目
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楽しい話

 

 今日は学園祭でした。所属してるゼミで出す商品を用意したり、ゼミ生の写真を撮ったり、サークルの後輩たちの演奏を聴いたり、あとは食べたり食べたり聴いたり見たり。



 でも、私はどこへ行くにも一人。なにかをするとき、立ち止まれば知り合いもいたりする。でもどこかに行くのは一人きり。それは自分が自分で選んだことだけれど、本当はみんなと一緒に話したいし、楽しみたい。


 どうもだめなんだ。みんなの中に一人でいるのはどうもだめ。

 私の言葉は誰にも届かない。声帯を震わせ、空気を伝わり、鼓膜を揺らし、しかし言葉とは認知されない。私の言葉はただの音として、みんなの周りを吹き抜ける。



 わかってるんです。自分の話が面白くないことなんて。


 わかってるんです。人望がないだけだって。

 

 わかってるんです。なにも与えてあげられてないからだって。



 でも、人が心地よくなれるものを与える方法を私は知らないのです。


 一緒に居たいと思ってくれるにはどうすればいいのか、私にはわからないのです。


 話を面白く語るにはどうすればいいのか、私にはわからないのです。



 言葉をみんなの耳に届かせられる彼らが羨ましい。

 

 私はどうしたら自分の言葉をみんなに聴かせられるのだろう。どうすれば私の言葉がみんなに聴こえるようになるのだろう。



 楽しい話ってなんなんだろう。


 私もみんなと楽しく話したい。

辛くない頑張りって?

 当たり前かもしれないけれど、ガンバルってなんでも辛いもんです。支えがあったら辛さも幸せになるかもしれないけれど、支えがなければそれはただの苦痛でしかないのです。



 だから、私は頑張らないのです。



 頑張らない。

 

 けれど自分は高める。



 それはどうすればできるのか。今はわからないけれど、きっとだんだんわかってくると思うのです。

 

 すごい方、有名な方、活躍されてる方、そんな方々のなかには頑張ってるつもりはないなんてことを言う方もいます。それは私にとっては信じられないことで、ものすごくうらやましいことです。


 頑張らなくてもできる。そんなわけはありません。彼ら、彼女らは頑張ることを頑張っているとは感じていないということでしかなくて、それはテレビで見るような遠い人じゃなくて、身近な人も当然のようにできていること(勉強が楽しいなんて思える気がしません)。


 私もできるはず。



 だからそれまで、頑張ることが頑張ることじゃなくなるまで、私も頑張ります。





(下手くそでごめんなさい。私の努力のイメージって概念的にはこんなんです)
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