相馬ポニー牧場は、キャンプ・牧場留学の場所でした。

住所は、今は福島県南相馬市ですが、前は鹿島町でした。

上栃窪・字瀬ノ沢という地名が表わすように、山間の沢沿いにありました。

 

峠道に沿って、段々に整地された牧場で、ゆったりとした時間が流れていました。

初めて行ったときは、本当に遠く感じました。

上野駅から原ノ町駅までは特急電車、駅からはバス。

人家があるとは思えない、急な山道の先にあったのは、開拓地のような牧場でした。

 

牧柵や蹄洗場は、丸太を使った手作りのもの。

水は沢から引いていたので、生水ではなく麦茶か湯冷ましを飲むように言われました。
風呂に水を満たすのも沸かすのも、ひと苦労。

トイレは汲み取り式でした。

 

後に道路整備があり、上下水道の心配はなくなりました。

牧場手前の坂は、自転車をこげない位の急坂で、「心臓破りの坂」と呼ばれていました。

整備された後は、少しだけ緩い坂になりました。

 

サルやキツネが出てくるような自然豊かな場所でした。

乳牛(名前はアップル)や犬もいました。川遊びにも行きました。

 

何をするにも、坂道を上ったり下ったりするので、急かすことはできません。
自然に、のんびりした雰囲気になっていました。

相馬のキャンプの一大イベントは、「海外乗」[うみ・がいじょう]

烏崎の浜に行って、馬で駆けるというもの。
朝から馬運車に馬を積み、人はバスで移動、昼には食事一式も運びました。

カウンセラーは、伴走で全力疾走を繰り返す、大変な役回り。

この日の夜は、メインのプログラム(キャンプファイアー等)をするので、とにかく大変でした。

 

牧場スタッフも個性的でした。

蓼科ポニー牧場はキャンプ中心ですが、相馬は牧場留学中心なので、キャンプのカウンセラーには厳しかったように思います。

牧場留学の子どもと生活を共にしているので、厳しい中にも優しさのあるスタッフが多かったです。

 

牧場留学は、牧場に寄宿しながら、地元の小・中学校に通うというもの。学校に行かない子も受け入れていました。食事はスタッフが作ってくれますが、それ以外の掃除や洗濯は自分で。学校が遠いため、自転車通学も大変でした。毎日の牧場作業もしていました。とても逞しい子ども達でした。

 

相馬派と蓼科派に好みは分かれるのですが、カウンセラーも子どもも、相馬のファンが沢山いました。



2011年の東日本大震災で、スタッフ・馬が避難して以降は、休場に。

再開のために、有志が整備に向かったこともありました。

東北支援活動(移動乗馬教室)では、中継地として利用。

元スタッフが、ずっと手入れを続けていました。


しかし、復活は叶わず、2025年に閉場が決まりました。
今後のことは、未定だそうです。


相馬にポニー牧場があり、子ども達がいて、歌があったことは、忘れたくないと思います。