第8話「二つの命....どちらを選びますか?」

突然の腹痛に襲われた未希は的場クリニックに搬送されることになった。病室には春子と加奈子が。目が覚めた未希は春子に病状を伝えられたあと、赤ちゃんは無事なのか聞いてみることに。
「大丈夫よ。あなたもあなたの赤ちゃんも。不思議ね、あなたのような年でも赤ちゃんを守ろうっていう気持ちが生まれるんだね」
「最初の頃、間違いであってほしいとか、手術でナシにしちゃおうとか考えちゃったから、その分大切にしなきゃなって思ったので....」
「そうか。じゃあとりあえず検査して、これからのことを考えましょう」
「これからの....こと?」
「うん。あとでゆっくり話すけど、ちょっと気になることがあってね」
加奈子が待合室へ行くと、忠彦が待っていた。
「来てくれたんだ」
「ああ。未希は?」
「とりあえず....落ち着いた」
「そうか....加奈子、大変なことになった。倒産するかもしれない....」
「....どういうこと?」
忠彦が新聞を加奈子に見せる。そこには静香の会社が倒産するという記事が載っていた。忠彦は桐野家に誓約書を返してほしいと懇願しに行ったときのことを話した。
「わかりやすくいえば....夜逃げだな」
「えっ....あんなに羽振り良かったじゃないの。一時はテレビにも出てたんでしょ?」
「俺に聞くな。知ったこっちゃない」
「未希....心配するかもね」
「おい、余計なことを未希に吹き込むなよ」
「良くないことに....ならなきゃいいけど」
「良くないことって....何だ?」
「....」

その頃、桐野家には債権者が押しかけていた。その様子を車から波多野とその部下が見ている。
「このまま倒産すりゃ、負債総額82億か。首くくるしかなさそうだな」
波多野が缶コーヒーを飲みながらつぶやく。
静香はというと、智志を連れてホテルに身を隠しており、携帯電話での取引先の応対に追われていた。それを心配そうに智志が見つめている。
「智志....大丈夫よ。資金繰りの目処さえ立てれば、状況は良くなるから。アンタは心配しなくてもいいの」
「....」
「とりあえず....食べなさい。しばらくホテルを渡り歩く生活が続くんだから、体力つけとかなきゃキツいわよ」
静香は智志に微笑み、智志の皿にパンを何個か置いた。

その頃、病院ではひろみさんが未希に検査結果を説明していた。
「未希さん、血圧が少し高いみたい」
「....血圧?」
「妊婦で血圧が高いのはあまりいいことじゃないの。入院して、血圧を下げる治療をしましょう」
「入院ですか?」
加奈子も別室で春子から説明を受けていた。
「未希さんはまだ成長過程にあるので、予想以上に身体に負担がかかっているんだと思います。たぶん精神的にも。高血圧があまり続きますと、合併症を発症する危険性がありますし、胎児の発育も悪くなる恐れがあります。ここは慎重に望みましょう」
「よろしくお願いします。先生....あの、もし万が一、未希の命か赤ちゃんの命かどちらかを選ばなければいけないってことになったら、未希を助けてやってください!親としては未希の命だけは諦めることができません!」
「お母さん、あなたは娘が赤ちゃんを産むことを認めたんでしょ?ほら見て!今、赤ちゃん元気です!私は両方助けるつもりですよ!」
加奈子はモニターに写る元気に動く未希の赤ちゃんを見つめる。

-新しい命が誕生する日が、少しずつ、でも、確かに近づいていました。未希、お母さんはただ祈るしかありませんでした。どうか、どうか、あなたの赤ちゃんも無事でありますように-

病室に健太とマコト夫婦もやって来た。そして一輪の花を健太は未希に差し出した。
「姉ちゃん....これ....」
「花?ありがとう~!」
「そうだそうだ、未希~、俺たちからもプレゼントだ」
「なに?」
「開けてみろ~、驚くぞ~」
未希がそのプレゼントを開けるとクマのぬいぐるみが入っていた。
「うわぁ~!おじちゃんありがとう~!」
「あと、それとね、差し入れも買ってきたの~」
ひなこが未希の大好物のハンバーガーを差し入れた。
「やっぱり精力つけなきゃ!ね?」
「これ未希の大好物だからな~。美味しそうじゃん」
そこに加奈子が入ってきて、
「今、未希はね高血圧で食事制限がかかってるの。申し訳ないけどこのハンバーガーは私が美味しくいただきますからね~」
加奈子がハンバーガーを没収。
「なんだよケチ。いいじゃんか今日ぐらい。なぁ未希」
「そうだね。でも仕方ないよ、お医者さんにそういうのは控えてねって言われたから」
「そうか....未希、桐野のことも心配だよな~」
「ちょっ....ダメ、あっ未希ちゃん、いい天気だね!」
ひなこがマコトが漏らした言葉を慌ててごまかす。
「なんかヘン!なんか隠してる!」
「隠してなんかねえよ。お前は余計なこと考えなくていいからさ、元気な子供産めよ」
「そうそう。私たちの分もね。私たち欲しいのに全然できないから」
「....」未希がじっとマコト夫婦を見つめている。
「マジな顔すんじゃねえよ。俺たち二人は充分幸せなんだから、ね?」
「う....うん!」ひなこが言う。
「未希、赤ん坊産むってことは、実は結構奇跡に近いことなんだよ。だから....頑張れ!」
「....うん」未希がうなづいた。

忠彦はその頃、出版社を訪ねていた。
「あっ、初めまして。編集長の波多野です」
名刺を忠彦に差し出す。
「えっ?おたくだったんですか....
忠彦は以前訪ねてきた男が週刊誌の編集長であることを知り驚いた。
「どんな批判でも受けますよ」
「今さら何か文句を言ったところで、何か戻ってくるわけじゃないでしょ?」
「じゃ....何のご用で?」
「桐野さんのことを教えてくれ。新聞だけじゃどういう状況なのか全くわからん。おたくなら余計なことまで調べてるからご存知だろう?」
「よくあることですよ。彼女の融資先のメインバンクが突然手を引いたんです。ま、結果ダブついていた物件を原価割れで売却して、返済を迫られ、他の融資先も彼女の会社から身を引いた。倒産も時間の問題でしょう」
「今、どこにいるのかわかるか?
「桐野静香が心配なんですか?」
「はっ?」
「いや、一応あなたと親戚関係になりますからねえ」
「ならない。あの人たちは子供に対して何の責任も取らないわけですから」
「しかし、そうは言っても、割り切れないから私なんかのところへ来たわけだ」
「違う!私にとっちゃあ赤の他人だ。娘が今、入院してるんだ。おかしなことを書かれては娘の身体に毒だからここに来てるんだ!」
「入院ですか....」
「おたくに言わせりゃ、中学生で妊娠したふしだらな娘かもしれんが、ここまできたらば私はもう無事に産ませてあげたいんだ。もう邪魔をしないでくれ!」
忠彦はそう言い、出版社を後にした。

その頃、債権者から身を隠すために逃亡した静香は必死で会社を立て直そうと取引先の社長に頭を下げていた。
「そんな....長い付き合いじゃないですか。そこはやっぱり知り合いのよしみで....」
「ですが、あなたの会社と今さら....」
相手の社長は反応が鈍い。すると静香は、
「お願いいたします!静香エステートジャパンをお助けください!社長!このご恩は一生忘れません!ですから....お願いいたします!1ヶ月....1ヶ月だけ待って下さい!」
社長に土下座をして必死に懇願する。智志はそれをドア越しに見つめていた。

「よちよち、無事に産まれてきてくださいね~」
マコトからもらったぬいぐるみを抱きしめる未希、でもマコトの言いかけた言葉が引っかかっていた。
そんな中、一人の妊婦がやって来た。ひろみさんが説明する。
「これから出産までの間、この部屋に入院してもらうことになった長野あゆみさん、ちょっと相部屋になるけど大丈夫?」
「....はい」
あゆみさんの夫や子供たちが来ていた。それを見て未希はぬいぐるみを持って部屋を出ていく。
するとちょうど待合室で加奈子に会い、
「未希、どうしたの?」
「ううん。相部屋の患者さんが入ったから」
未希の思いを親の勘で察した加奈子は、
「ちょっと....外の空気吸いに行こっか」
病院の屋上へ連れていった。
「うらやましくなった?」
「ううん、全然」
「いいのよ、うらやましいならうらやましいって言ってもね。だって事実でしょ?生まれてくる子供に父親がいないのは。強がらないで正直でいないと長持ちしないわよ」
「そっか....そうだよね。うらやましい!すごく、泣きたくなるぐらいうらやましい!」
「ふぅ~ん。そっか」
すると未希は大声で叫びだした。
「私もあんな風に家族つくりた~い!みんなにお祝いしてもらいた~い!キリちゃんに喜んでもらいた~い!」
思いを吐き出してスッキリした未希は、加奈子に微笑みかけた。
「お母さん、何があったの?」
「うん?」
「さっきごまかしたでしょ?おじちゃんたちがキリちゃんのこと心配って言ったとき」
「あぁ....」
「隠さないで教えて。私、知りたい」
「未希....」
「大丈夫だよ。多分だけど、何を聞いても。私ね、子供が生まれたら、ほんとのこと言おうと思ってるんだ。なんで父親がいないのか、なんでこんなに若い母親なのか。だって事実だもん。ごまかしきれないもん。だからお母さんもほんとのこと教えて?」
「未希....」

智志は母の土下座を見て、心が痛んだのかホテルを飛び出し、夜の街をフラフラとさまよっていた。
出版社では波多野とその部下が桐野静香の居場所を探るため、手当たり次第ホテルに電話をかけていた。
「編集長、ダメです!どこも口を割りませんよ」
「俺もう海外に飛んでると思いますよ」
部下たちが諦めかけていたその時、一本の電話が鳴る。
「もしもし、どなた?今忙しいんですよ!」
「....」
「もしもし?聞こえてるんですか?」
「はい....あの....」

未希は忠彦と加奈子から桐野家の状況を聞くことに。
「どこにいるか....わかんない?」
「落ち着け。俺みたいなサラリーマンじゃ考えられんことだが、そういう自分で事業をしてる人っていうのは、多かれ少なかれ、浮き沈みを経験するもんなんだ」
「当たり前じゃない」と加奈子。
「そんなことはお前に関係ないことだろう?」
「えっ?」
「もうお前と桐野家は何の関係もない赤の他人だ」
未希は誓約書にサインしたことを思い出す。
「いいか、これを機会に、彼のことは金輪際忘れなさい。お前が中途半端な気持ちだと、産まれてくる子供も困るんじゃないか?父親がいないならいないでハッキリしておいた方がいい」
「....」

先ほど電話を受けた波多野は電話の主から待ち合わせの場所を言われたので、そこへ向かった。すると、
「電話の主が君だったとはね、驚いたよ」
その電話の相手は智志だった。
「今、どこにいるんだ?」
「あの、お願いがあります。それを聞いてくれたらお話しします」
「へぇ、交換条件ねえ。ずいぶん成長したな。で?」
「僕たちのいるところを記事にしてくれませんか?」
「お母ちゃんはどうしてる?」
「母はこのままじゃ死んじゃいます。毎晩、ほとんど寝ずに人に電話したり、頭下げて回ってるんです。でも見てるとわかるんです。どんなにやってももう会社はダメです。誰かが止めないと」
「泣かせるね、と言いたいところだが、お断りだね。止めたきゃお前が止めればいいだろうが。勝手に居場所を大っぴらにして良い子になろうなんて100年早いんだよ。つくづくお前は日本のガキの典型だな。そんなんだから自分でつくった子供の面倒すらロクに見れないんだ。正直、一人で産もうとしてるあのバカ女のほうがよっぽどマシだぞ。何とか言ってみろよ
「バカ女なんて言わないでください!」
「そいつ、入院したらしいぞ」
「入院?何かあったんですか?」
「知るかよ。知りたかったら自分で調べろ。じゃ」
波多野はそう言い、帰っていった。

病院、看護婦が未希に電話を知らせにきた。
未希が公衆電話の受話器を取る。
「もしもし?
「....もしもし」
「もしかして、キリちゃん?」
「うん」
「今どこ?大丈夫なの?」
「そっちこそ大丈夫かよ。入院してんだろ?」
「私は平気だよ。ちょっと心配だから入院してるだけ」
「俺も平気。今ちょっと家に帰れないだけだから」
「よかった....なんかあったらどうしようと思った」
「あるわけないじゃん。全然親の会社もうまくいきそうだし、俺もすぐ元に戻る」
「私もね、全然大したことないの。周りが大げさすぎるだけ、ほんとはすごい元気!体育もできそうな感じ!」
「....」
「....」
「俺....」
「なに?」
「俺、ちゃんとするから。すぐには無理だけど、いつか、俺、ちゃんとするから」
「いいの。キリちゃんは気にしないで。キリちゃんは自分のやりたいことをやればいいの。じゃあね!」
未希はそう言い電話を切った。
「一ノ瀬....ほんとに....」
智志の目から涙が....

病室に帰ってきた未希にあゆみさんが話しかけてきた。
「聞いていい?」
「はい」
「いくつ?」
「14です」
「若い!いいな~」
「えっ?」
「どうしたの?」
「いいなって言われたのはじめてです。いつもみんなからは中学生なのに、若いクセに、とか言われてばっかりですから」
「みんないろいろ言うわよ。でもまだ14だから、これから何だってできるんじゃない?私なんか34で3人の子持ちになるわけよ。限界あるわよ」とあゆみさんが笑う。
「はあ....」
「まだまだオシャレもしたかったし、もう一度働きたかったなあ~。できれば恋も」
「うそ?!」未希が驚く。
「冗談よ。冗談」
「なあんだ」
「と、言うことにしておこう」
「あはは」
突然、あゆみさんが苦しみだした。
「痛っ....変なこと言ったらお腹の子供が暴れだした....」
「えっ....」
「きたみたい....陣痛」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。3人目だから....」
「どうしましたか~?」春子がやってきた。
「はい....ちょっと急です....」
「あ~、3人目だからちょっと早いかもね。5分切ったら分娩室入りましょう。いいですね?」
「はい」
「あっ、そうだ。大きな目でよく見ておきなさいよ。昔から出産は女の出陣っていうの。あなたもいずれ戦うんだからね!」
「はい!」未希が大きく返事をする。

智志がホテルに帰ると静香から、
「アンタ、名古屋に逃げるわよ。この辺のホテルはもう感づかれてるからダメよ。あっちにね昔ママを援助してくれた人がいるの!アンタもついてきなさい」と言われ、
「もう、家に帰ろう!」
「金策さえつけばね、巻き返せるからもう少しだけ我慢してほしいの。心配しなくても大丈夫」
「もう無理はやめろよ!今どうにかなったって、こんなんじゃ続かないよ!俺はママが社長じゃなくたっていい、今までの生活ができなくなっても構わない!」
「アンタ、お金がないってどういうことか知らないからそんなことが言えるのよ。無くしてから泣いたって遅いんだから」
「今までならそうだった。でも俺、一ノ瀬を見てていろんな生き方があるんだなって知ったんだ。みんなが偉いって認めなくても、自分自身が納得できるような」
「そんな月並みの生活してどうすんのよ。ママいつも言ってるでしょ?アンタを誰よりも幸せにするって」
「俺は「誰よりも」じゃなくても構わない。ただ幸せになりたいんだ。それで今まで育ててもらった分、ママを助けたいって思ってる」
「助けたいって....何言ってんの!あんな世間知らずの小娘に影響されて....あんな子ね、子供なんか産まなきゃ良かったって後悔するのがオチよ。赤ん坊が育てられなくなって産まなきゃ良かったって言うに決まってるでしょ!」
「ママは後悔したのかよ!」
「なにが?」
「俺を産まなきゃ良かったって思ったのかよ!
「アンタの親は私よ、私ひとりよ。アンタがいくら憎んだって縁を切ったって、これがアンタを産んで、アンタに名前付けて、歯を食いしばって、アンタを育てた人間よ。ママは一度だってアンタのことを捨てるだなんて思ったことなんてない。だからアンタは私についてこなくちゃダメなのよ!」

病院では未希があゆみさんの世話をしている。
「大丈夫ですか?」
「6分か....まだまだだな....」
「もう分娩室に入ったほうがいいんじゃ....」
「行ってもまだ産まれないわよ」
「汗....どうぞ」未希がタオルを差し出す。
「ありがとう。若いのに気が利くのね」
「いえ....旦那さん呼びましょうか?
「いい。うちで子供寝かしつけてるし、それにここにきてもらっても何の役にも立たないから」
「いいんですか?そんなこと言っちゃって」
「本当だもん。陣痛は一人で苦しむしかないの。お医者さんも看護婦さんも痛いのを止めてくれないんだから。だって痛くならないと産まれてこないんだから」
「たしかに」
「だから、ひとり」
「ひとり?」
「年いってる人も、若い人も、結婚してる人も、してない人も、お金がある人もない人もみんな平等。一人ぼっちでこうやって痛みに耐えながら産むの。そう思えば怖くないよあなたも」
「....はい」
陣痛の間隔が短くなったのでナースコールをし、あゆみさんは分娩室へ。すると赤ちゃんの泣き声が、
「長野さん、おめでとうございます!」
「元気な男の子ですよ!頑張りましたね!」
聞こえてくる看護婦さんたちの声。
未希は嬉しそうに微笑んだ。

そして、2月
「8か月の終わりにしてはちょっと小さめだけど、赤ちゃんは元気にしてるみたいよ」
「あ!今動いたの、口ですか?」
「うん。ここが口、ここが手、これが足。これが....」
「どうしたんですか?」
「どうしよう。わかっちゃった。男が女か。どうする?聞きたければ教えるけど」
「え?うーん迷うな~。よし、聞きません!産まれた時のお楽しみにします!」
「じゃあ予定日までの1ヶ月半、しっかり私も口をチャックしておくからね!」
笑う2人、そして加奈子。
「さて、来週から34週目に入ります。入院と退院の繰り返しで大変だったね。34週目を越えたあたりから、赤ちゃんはお腹の外に出ても徐々に一人で呼吸できるようになってくるので、ひとつのハードルをクリアしたことになるの、頑張ったね。でも安心はまだ早い。充分な発育をしてもらうためにはあと1ヶ月はお腹の中にいてもらいたいところね。出産はいつ何が起こるかわからないの。未希さんは、血圧が高めの傾向があるから、おかしなことがあったらすぐに連絡すること!いいね?」
「はい!」

帰り道、未希は久しぶりに加奈子と手をつないでいる。
「いよいよだね、未希」
「あと1ヶ月半かあ....ドキドキしてきた」
「お母さんもパート休んで、待機することにするから
「....すいません」
「コラっ、覚悟しなさい。あとは運を天に任せるしかないんだからね」
「お母さん....お願いがあるんだけど....」
「なあに?」
未希のお願いは髪の毛を切ってほしいというものだった。加奈子は家に帰ると未希を縁側に連れていき、下に新聞紙を敷いて、髪の毛を切ってあげることにした。
「未希のお願いってこれのことだったのね」
「うん」
「久しぶりね。未希が小学校に上がるまではよくお母さんが切ってあげてたよね」
「ずっと美容院に行きたかったんだ。でもこんなお腹じゃ行けなくて....」
「そうだよね....よし!どれくらい切る?」
「思いっきり!」
「え?いいの?」
「一ノ瀬未希、覚悟を決めます!私、かたちから入る女なんで」
「未希らしいわね。よし、切るよ!」
加奈子が未希の髪の毛を切っている間、未希が加奈子に話かけた。
「お母さんも怖かった?産むの」
「怖くない人なんていないわ」
「痛くて....泣いた?」
「泣いたかって?....うん、正直言うと....泣いた」
「ほんとう?」
「だって未希は、先生もビックリするくらい難産で、しかも逆子で未熟児、一時は産まれないかもって言われてたんだから」
「へ~....こわっ」
「未希が覚悟を決めるって言ったんだから、私からもひとつ言っておく。もし、その可能性はないと思うけど....未希の命か赤ちゃんの命かどっちか選ばなくちゃいけなくなったら未希の命を選ぶからね。それは先生にもお願いしたから
「....」
「はい!どうぞ、大人っぽくなったんじゃない?」
加奈子は未希に鏡を渡し、未希はその髪型を確認する。
「私は....私を選べるかな?だって私だけの子供ってわけじゃないもんね....」
「え?」
「誰が親とかそんなんじゃなくて、一人の人間だもんね。勝手に選べないよ。ね?」
「それはそうだけど....でもね....」
するとインターホンが鳴った。
「未希~!わたし~!」
玄関に出てみると、遠藤とめぐみが笑顔で立っていた。
「退院したからって聞いたから、声かけてみたの
「そうですか....ありがとうございます!」
「未希、お腹大丈夫?」
「うん。全然」
「じゃ私は用があるから、あとは二人で。一ノ瀬さん、もし赤ちゃんが生まれたら、先生に必ず連絡してね」
遠藤はその場を後にした。未希はめぐみを自分の部屋に上げることにした。
「お腹触ってもいい?」
「どうぞ」
「やだ!モニョモニョってなってる、すご~い!」
「最近ずっとお腹の中で動いてるの」
「ねえ、もう一回触ってもいい?
「いいよ」
「わ~、動いてる~!」
二階の賑やかな声を、仕事から帰ってきた忠彦はなにやら複雑そうに聞いている。
「お腹に赤ん坊がいなけりゃ、普通の中学生なのにな」「....」
「どうした?病院で何か言われたのか?」
「ううん。ねえ、桐野さんの行方はまだわかんない?」
「みたいだな。もうその話はやめよう、俺たちには関係のない話だ。何かできるというわけでもないし」
「....ねぇ、写真....撮らない?」
「写真?」
「家族4人で撮れるのももうわずかよ。産まれたらそれどころじゃなくなるし....」
「写真か....おい未希、ちょっと来なさい」
「健太も来て、写真撮るから」
玄関の前に並ぶ3人。
「ちょっと未希、右に寄ってくれ、あっ加奈子はそれでいい、健太もちょっとズレてて....」
忠彦はカメラを覗き込みながら子供たちに注文する。
近所の奥様方が未希のお腹を見ながらヒソヒソと話をしながら通り過ぎていく。
「よし、じゃいくぞ、みんな笑ってくれ!」
カメラに向かって微笑む3人、そしてファインダーを覗く忠彦の視界がぼやける。涙がこぼれている、それを手で拭う。
「じゃ....10秒後にチーズな、いいか?」
忠彦は笑顔でシャッターが降りる前に急いで家族の元に駆け寄り、4人は満身の笑みで写真に収まった。
「パパ、なんか顔が変だよ~」
「んなことないだろ~、みんないい笑顔だぞ~」

(参考・どらまのーと)