第2章「12歳の出会い」
裕紀は中学入学早々から同級生たちに目をつけられイジメの対象になっていた。
5月に入ったある日、1年生全員が講堂に集められた。教師がマイクでこう言う。
「みなさんは6月に1泊合宿を行います。そこでみなさんは協力してご飯を作ったり、船に乗ってもらいます。これは旅行ではありません。学校の授業の一環ですので本校の恥になる真似はしないでください」
周りはなんかはしゃいでるガキも入れば辛そうな顔をしているやつもいる。裕紀は
「面倒くさいなあ、いきたくないなあ」

裕紀が行きたくない理由は不良グループにそこでイジメられるからというのもあるが彼がいちばん不安だったのが車酔いだった。
彼は教師にバスで行くのか?と聞くと、バスで行くと答えてきたので車酔いについて話すと
「前の方の席にしてあげるから大丈夫」と
言われ前の席にしてもらった。

そして合宿スタート。最前列に座る裕紀だがすぐに吐き気が彼を襲う。すぐさま教師が袋を彼の口元へ持っていく。
その苦しそうな裕紀を見て後ろの生徒は
「うわ~、ゲロ吐いてるよ、きつそ~」
「俺ももらいゲロしたらどうしよう」
「かわいそう~」
と半ば面白がっていた。通路を挟んで隣にもうひとり女子がいたが裕紀はそれを見る余裕はなかった。

初日 カレーづくり
班に分かれてカレーを作るという合宿ではド定番のイベント。彼も班に属していたが野菜切りも米研ぎも米炊きも積極的な男子と女子がやっていたので特に何もしていなかった。隅のほうでたたずんでいるとひとりの女の子が話しかけてきた。バスで横に座っていた女の子だった。
「おまえだれ?」
「きみこそだれ?」
「おれ佐多。おまえは?」
「杉町。同じクラスだよね?」
「おれあまりクラスのやつと話さないんだ」
「あっ、そうなの?ワタシもだよ」
「....ふぅ~ん」
しばらく 沈黙があったあと 裕紀が言う
「なあ、何部に入ってるの?」
「えっ?文芸部に入ってるの。あなたは?」
「おれ卓球部。まだユニフォームないんだ」
などと会話したあと 女の子は持ち場に戻った。

2日目、カター実習
カターという船に乗って2人がかりでオールを動かすという力が必要な実習。裕紀ももちろん参加しなくてはならない。すると横のペアは....
「あっ、昨日の....」
杉町さんだった。
「昨日しゃべったよね。また会ったね」
「お前とペアなんてきいてないよ」
「大丈夫。ワタシそんな男が力なくても怒らないから」
「........。」
船が進みだす。オールを裕紀は杉町さんと一緒に持たなくてはいけない。しばらくすると船は波の激しいところへきた。水しぶきが2人にかかる。ここで「めっちゃ水かかってるよ」と
杉町さんが言ってきたので彼も
「お前もかかってるよ」と言いはしゃいだ。
中学校入学以来、奥底に潜めていた笑顔が出たのだ。

事情聴取でこの事についてこう述べている。
「あなたがたにとっては何でもないことでしょうけど僕にとっては大きなキッカケだったんですよね。この時は僕も全く気づかなかったですよ」

裕紀は杉町さんと同じクラスで出席番号が近いということもあり話をするようになった。
裕紀にとっては中学校に入学してからいじめられるばかりだったので少し息抜きになっていたらしい。

やはりこの裕紀の行動が気になるのか不良グループが裕紀に話しかけてきた。
「佐多、杉町のこと好きなんだろう?」
「お前ごときのやつがふざけるな」
と絡んできた。彼はもちろん「違う」と答えたが不良たちにそんなことが聞き入れられるはずもなく、杉町さんに
「おい、こんなヘボ男と付き合うな」
「こんなやつといたら損するぞ」
と言って 不良は立ち去った。

杉町さんは「大丈夫?」と言ってきたが
裕紀は「いつものことだから大丈夫」と言い返したが内心は泣きそうになっていた。

この件からしばらくしたある日、廊下を歩いていると上級生に絡まれる女の子がいた。
杉町さんである。
「あんた、絵がうまいからって自分でいい気になってるんじゃない?ふざけんなって」
「後輩は先輩を立てなきゃいけないんじゃないんですか?ねえ?わかってるの?」
廊下の隅で上級生にメンチを切られている。彼はとりあえず隠れてその様子をみることに。
彼は杉町さんが自分がされていることをされていることに気づいた。そして彼は上級生が去ったあとに杉町さんに話しかける。
「大丈夫?何があったの?」
杉町さんは感情を失った人形のように彼をただ見つめていた。

彼は目をすこしそらして窓の外を見ると
少し小雨が降っていた。