最近刺激に触れる事が多すぎる。
というより自分でもわかっている。
僕がこの工事業界に入ってもう半年以上が経ち、なんだかんだ言いながらも日々生き抜いている。
田舎のおじいちゃんはもう人工透析やらくも膜下出血で一時期植物人間になった。
けれど奇跡の回復で普通に喋ることは出来るようになった。
そのおじいちゃんが入院するのを拒んでいたらしい。
ご飯もまともに通らない状態で身体が痛いとおばあちゃんに言い、毎日身体をさすってあげることしか出来ない状態だったらしい。
時期に一度病院に入院したのだが無理やり抜け出しおばあちゃんもその状態じゃ気も休まらず病んでしまった。
その後自宅前の駐車場で失敗し骨折をして病院にいるらしい。
その間こっちの家で一緒に暮らすことになった。
ここからは抽象的な話を方を敢えてする。
僕は自分に何を言いたいのか分かっているからだ。
そんな事もあったり、最近見た漫画なのか映画の影響なのか思い出というか全てがまだ中途半端なまま終わった時に踏ん切りが付いていないと思っているのだろう。あの時から僕の心は時が止まったままだ。
あの下北のおじさんの言葉もそうだし、5年ぶりにあった先輩からの言葉もそうだし、結局僕は本当の自分の気持ちという物を隠して心配など全くないような、まるで小学生の休み時間だった頃のように元気いっぱい語る彼が羨ましくて仕方がないんだろう。
例のアンティークショップに行った時のおじさんの言葉も覚えている。
先人達からは嫌というほど教えてもらったのにも関わらず。
身体と心が悲鳴をあげてサインを出しているのにも関わらず僕はまだ決心もつかない。
本も僕に語りかけてきた。
選択というものは恐怖が伴う。
恐怖とは何か、先がわからない事、拒絶される事。
自分ではもう分かっているから。
見直した時の僕がどんな選択を取っても良いように逃げているんだと思う。
変わりが無ければこの心というのは簡単には変わってくれない。
優しい人と言われて傷つく意味も言われてしまう訳も知ってる。
本当は優しいんじゃない怖いだけないんだ。
優しいふりをして逃れたいだけなんだ。
皮肉なことに僕は今責任を取る役割の仕事をしている。逃げてきたからなのだろう。
仕事を頑張っている先輩方には申し訳ない表現になってしまったが、この表現しか僕には出来ない。
最近は頭の中がぐちゃぐちゃだ。