「挨拶もしねえ。こっちが何を聞いても無視しやがる。」

じいちゃんが息子君の普段の様子を苦々しく話し出す。

まだそんな感じなのか!

僕は急いで息子君の部屋に様子を見に行く。

 

「お前、じいちゃんに挨拶もしないって本当なの?」と切り出す。

「あいつは挨拶以外に何か小声で言って来るが、あれが嫌なんだ。うるさいんだよ。虫けら以下だ!」

 

もう積りに積もった積年の恨みがある。

 

息子君は一郎二郎を越えて太郎になってしまった。

「もう専門学校へ行ってほしい」とか、「近くの大学でもいい所はあるよ」とかいうこっちの助言には耳を貸さない。

 

「だけど、お前がこうやって勉強できるのはじいちゃんが作った土台があるからなんだぜ。」と僕は常識的な分別に気づかせようとする。

しかし態度はものすごく固い。

 

一概にそれはだめだというと話にならなくなるから、僕も息子君の気持ちに理解を示す。

「お前の気持ちもわかるけどな。

俺はあの人間が父親だったんだぜ

まだ若くて精力の有り余る時期で

お前よりもっとあれのおかしなところの犠牲になって来たんだよ。」

 

自分では息子である僕の勉強の応援をしているつもりだが、余計な事ばかりしてきて勉強の邪魔になり、「俺はお父さんが俺の勉強に口出ししてくる限り大学には受からない」と全部落ちて2浪する羽目になった。

就職だって公務員や学校の先生は「あんなものにはなるな、受かるまで司法試験を続けろ!」と言われて安全な道をことごとく潰されて結局駄菓子屋のあとを継ぐことになった。

 

司法試験だってこっちが必死になればなるほど息子は頑張っているからと別の事業に手を出し始めて失敗し勉強どころじゃなかったこともある。

 

大体五体満足な人間にもハードな試験なのに肝心の利き腕に障害があった。

そして僕が自分の利き腕で字が書けなくなったのも父親のせいだ。小4の時、交差点で道を渡る時、同じ道を自動車で渡ろうとしていた父親が猛スピードで走って来る車を目にしながらあの車は子供が道を渡り始めたら停まってくれるだろうと勝手に思い込んで早く渡れと命令したからだ。

父親の車の陰から飛び出る事になってはねられて3週間意識不明だった。

たかが5mの道を渡るために命を掛けさせるんだから大馬鹿だ。どうして待たなかったんだと聞いたら「自分の後ろに車が数台繋がっていたからだ」という事だ。なんて馬鹿だ。

 

やっていることとそのもたらす意味が全然あっていないんだけど、それがわからないか分かっていてもそうするのが親の務めだと思ってる。

 

「でも、もう92だ。

あと何年生きるかわからないけど

憎しみは置いといてできる限り、長く生きてもらうというのが僕の役目なんだ。

生まれた時からの長い付き合いだからね。

それにじいちゃんに今死なれたら困る事がいっぱいある。」

 

「お前ももう憎らしいとか言うのは置いておいて、せめて挨拶だけはしてほしいね」

家族は一番身近な人で何かあった時に一番に頼るのは家族だ。

 

何処で素直だった息子君がこんな心境にされちゃったかな。

じいちゃんに原因があるのはもちろんだけど。

 

じいちゃんも自分の人生に後悔している事は多いだろう。

僕がチクチク言っているから。

「あの時交通事故に遭わされなければ何の問題もない人生だったぜ」とか

「普通に公務員とか学校の先生とかやっていればもっと普通の人生だったな」とか

 

こんな思いもあと数年もすれば時間の闇に消えていくんだろうな。今までが長かった。

 

司法試験をやめてしばらくは「お前が受からなかったのはお前の勉強が足りなかったからだ」と言い続けていたけど、今そうやって復讐するのはちょっと気持ちいい。

 

もったいない人生だったな。