「人生間違えちゃったな」
またあのおじさんが来た
別にそう言われても気にならない
気にしないようにしているとかじゃなくて
僕もそう思っているからだ。
後悔しているかと言えば
そうでもない
うちの滅茶苦茶な親の元では
僕みたいなのがいなきゃ
うちの家は分解してた
家を守るために人生をささげたのか
そう考えると腹立たしい気もするが
そんな人生は僕に限ったことじゃないだろう
耐えるしかないというか
流されるしかなかった
これが利き腕が自由に使える
五体満足な僕であれば
こんな家は飛び出していたろう
しかし
誰もがあの子はもう死ぬだろう
そう言われるような交通事故に遭って
身体障碍者になって戻って来て
親に迷惑をかけた
これ以上の迷惑はかけられないと
思いながら小学校4年から生きて来た子供に取って
家を飛び出して親の考えと違った道を歩む
そんな事は考えられなかった。
結局僕が交通事故に遭ったのも
父親が猛スピードでやってくる車の前に
あの車は子供が渡り始めるのを見たら
停まってくれるだろうと思い込んで
僕に道を渡らせたせいだという事がわかったけれど
誰のせいでも、体に障害を負った僕の生き方は変わらなかったろ。
交通事故に遭う前はかなり聡明な少年だった。
その時のプライドがあったから
みんなよりできる事が少なくなったという事に耐えられなくて
またこのままじゃ自分の将来もどうなるかわからないと思って
がむしゃらに勉強した。
右手が熱を持って筋肉が固くなって字が書けなくなって
いつも水道で右手を冷やしながら文字を書いた。
「司法試験をやめるタイミングを逃してしまったな」
オジサンはことあるごとに僕にそういう。
今回もそう言っていた。
「僕には障害があるけど
司法試験に受かったらこの障害に勝った事にしよう
そういう思いを持ち続けてきたから
ちょっとやめる気にならなかったんですよね。
そして、僕には受かる自信があったんですよ
それが強くてね。
また家は店をやってたし。」
父親は「ずーっと勉強やってれば良いジャン」なんて
息子の将来の心配なんかしてなかったし。
「止めたらお前にはこの家を継がせない」
そんな事ばかり言っていたから
なるべくしてなってしまったと言う感じかな
それに小さいころ親に虐待同然のやり方で
勉強させられていたから
毒を食らわば皿までと言う気持ちだった。
障害があるけど思いっきりやってやる。
その代わり受からなかったら知らないよって。
受かれば積年の恨みは水に流そう
しかし受からなかったら
息子さん一流大学にまで行って残念だねってことだ。
それはそれでざまーみろって感じだ。
だから友達が出世するのを父親に聞かせてやるのが
残酷な楽しみだった。
しかしそんな事思っているうちにみんな定年だよな。
裁判官でもしかしたら最高裁まで行くんじゃないか
そう言う人がいるからまだ少し楽しみが残ってる(笑)
とっくの昔に付き合いは無くなっちゃったけど
オジサンはお孫さんが銀行に就職してやっているそうで
自慢げだ。
「僕も自分に障害が無かったら
銀行に行きたかったですよね」
悪びれもせずに感想を言う。
でもこんな体で銀行に就職できないだろう
右手の自由に動く人たちに
「僕うまくできないから君やってよ」なんて
小学校4年の時以来何百回言って来たかわからない。
そう言う企業に入ってそういう人たちと
張り合って行く事は無理だと思っていた。
だったら自分の知識を積み上げて
勝負できる法律家がいいだろうと思って
早稲田大学の法学部まで入って頑張ったんだ
高校1年まで不自由な右手で判読が難しい字を書いていた。
担任の教師がぎっちょの手を右利きに矯正された人で
左から右に変えられるんだから右から左に変えることもできるだろ
そう進めてくれてぎっちょになった。
これで僕が進みたい道に進めることができるかもしれない
そういう経験も自分こそ法律家に後押しされているなんて
思い込んじゃったよね。
酷い思い違いだったけど
法律家も事務処理能力が高くないといけない
僕が受験勉強を始めて数年でそういう風に傾向が代わって
細かい作業を必要とする問題が数多く出されるようになり
やっと受かり始めた択一試験でさえ超えるのが難しくなってしまった。
それに脳に損傷を受けた人は後遺症が無くても
高次機能障害があるという事が最近言われるようになってきたけど
それが有名になる前から僕にもそういう事が少しあるみたいだと気が付いていた。
五体満足な人に比べて少し考えが遅い
昔からよく友達にいじくられたもんだ
嫌じゃなかったけど
性格がおっとりと言うような言い方で特に障害だなんて意識する
事もないんだけど、司法試験では不利だった。
普通に公務員とか学校の先生とかをやっていれば
こんなに苦労はしなかったと思うけど
そうなれなかったのにも事情がある。
でも、それはみんな同じこと
そう言う事情の下でそういう運命に翻弄されながら生きている。
だからと言って勝ち組の人間が憎らしいとは思わないよ。
少なくとも夢を追いかけるチャンスはあたえられたし
そうなれなかったのはこちらの事情だ。
僕はみんながみんなのやりかたで人生を謳歌すればいいじゃん
と思ってる。
僕がこうしている事で助かってる人もいるし
あーあ、おじさんしつこいからこんな事言ってやったよ。