普段僕にはそんなに親しく鳴き付いてこないクロヤが

真剣な顔でベランダの網戸越しに何かを見ながら僕に何かを言っている。

 

この時僕は分かった。

クロヤがアカヤと違って僕に話しかけてこないのは

いくら話しかけても通じるはずないのに無駄なおしゃべりをしたくないだけなんだと。

だけど今はそんな事言ってられない程何か重大なことがあったんだ。

 

分かったクロヤ。お前がそんな気持ちならすぐに開けてやるよ。

そして網戸を開く。

クロヤは何かの方へ飛び出して行った。

どうせまたトカゲだろう。

アカヤが捕まえてきてここで逃がしてしまったなと思う。

 

しかしいつもと違うクロヤの真剣な表情に

僕も本当にトカゲかなと注意深く探ってみる。

 

すると黒い塊がエアコンの室外機の裏でごそごそしているのが分かった。

これは参った!ネズミか!

 

一転してクロヤの捕獲作戦に僕も参加しない訳にはいかなくなった。

室外機の裏に長い棒を突っ込んで音を立てて室外機の外に出そうとするが

そっちには猫がいる。

ネズミは動かなかった。

 

裏から追い出すのは無理なので猫の横から棒を突っ込んでかき回した。

するとたまらなくなって飛び出した。

クロヤが追いかける。

しかし高いベランダの壁は登れない。隅っこにじっとするしかなかった。

 

おやっ?と僕は思った。ネズミにしては動作が鈍い。

それにネズミならベランダの壁が高くてもよじ登って行きそうなもんだ。

よく見るとモグラだった。

 

これは困った。ネズミでも困るがモグラならもうちょっと困る。

単純に殺処分していいかわからない。出来たら殺したくないのだ。

そこで方針転換して捕まえてどこかに逃がすことにした。

 

丁度昔チビと虫取りに行った時の虫取りアミが手の届くところにあった。

クロヤをどけて棒で壁から引き剥がしてアミをかぶせて捕まえる。

モグラはおびえていた。

そしてアミをクルっと裏返してモグラを中に入れて玄関まで運んでいく。

 

しかし数年経ったそのアミは劣化していて

玄関まで行ったところでモグラの重さに耐えきれず大きな穴が開いてしまった。

モグラは落ちて玄関の隅に逃げ込んだ。

 

怖くて動けないみたいだからちょうどいい。動かないでくれよと思いながら

店の裏にごみ取りトングを取りに行く。

交通整理のオバサンに「忙しいのに猫がモグラを捕まえて来ちゃった」と話した。

 

そして持ってきた2種類のトングを使ってモグラをバケツの中に入れようとする。

捕まったら食べられると思って必死に抵抗するモグラは意外なほど力があった。

長いトングはうまくモグラをつかむことができなかったが

短いトングでしっかりつかんでバケツの中へ入れた。

 

すぐに草藪の中へほうり込んできた。

交通整理のオバサンに「やらなきゃならない事があったのに

もう何をやっていたのか忘れちゃったよ」と笑った。

 

アカヤがモグラのいなくなったベランダで何かを探しているのを見て

モグラを捕まえてきてあそこで逃がしたのはやっぱりアカヤだなと思った。

 

クロヤのお手柄だ。あんなところでモグラの死骸なんか見たくない