入籍5日目

 

昼過ぎ、スポーツセンターから引き取って来た空き缶を整理しているところに代田さんが来た。矢田鉄工に就職が決まったという。父親は仕入れに行っていたが帰って来た。

 父親と話したがっていた。僕も話を聞きに行く。

 

 すると代田さんは持っていた朝日新聞を開いて、債務免脱目的で他人の戸籍に潜り込んで姓を変えつかまった人間の記事を見せてくれた。僕が父親も大叔母の籍に入らせてもらう事を主張していたことについて「うっかりしたことはできないよ」と言いたかったみたいだ。

 

 確かにここまでは思いつかなかった。父親には不動産事業で大きな負債があるし代田さんの言う通りだ。

 しかし、債務免脱目的はないし、負債はしっかり抵当が付いているし、大叔母とうちの姓は同じだから犯罪にはなりようがないなと思った。

 

 保育園にチビを迎えに行き帰って来た時、大叔母宛ての入籍通知が転送されて来ていた。

父親が受け取る。代田さんにも早く知らせてやりたい。これでうちの反転攻勢への足掛かりがつかめた。

 

父親には「うちの側からも養子の数を増やして朝倉の持ち分を減らしておく必要がある。

できれば任意後見契約を結んでしまうべきだ」と進言する。

大叔母に対して面倒を見に来る親戚が他にもいるのにそれを力づくで排除して自分たちの既成事実を作り上げる。

遣りたい放題の朝倉から大叔母を切り離さなければいけない。

後見人が付いたなら、大叔母は自分の自由に行動できなくなるが、朝倉が介護名目で勝手気ままに振る舞う事も

無くなるだろう。

 

 もっとも、朝倉に固められている監視の下でどうやって大叔母にそのことを伝えるかが問題だった。

朝倉夫婦もそれぞれに仕事を持っていて大叔母の監視ができない時間帯がある。

その隙をついて活動し朝倉が大叔母の籍に勝手に入り込んだことを大叔母に伝え、僕も入籍させてもらった。

かような僕の入籍の事実を知ったなら朝倉のガードは今までにまして固くなるだろう。

 

 朝倉も自分たちが勝手に入り込んだことを認めるわけにはいかない。こちらの指摘が正しいことになれば

自分たちの犯罪行為が白日の下にさらされる事になる。

 

 実質、両家の争いはどこが落としどころなのか、素人の僕にはわからなかった。そうかと言って玄人にもわかりにくい

裁判だった事をあとで思い知らされることになる。

 

 母親の車で子供を皮膚科に連れて行く。チビは土足で子供用遊び場シートに乗ってしまい注意された。

薬剤師さんは僕と同じくらいの年齢の男性だ。事実はそうとばかりも言えないだろうが、

こんな訴訟ごととはかけ離れて淡々と平穏に仕事を済ませているその姿が羨ましかった。

 

 帰りはバス。優先席は二人掛けでチビの隣りにはおばさんが座っていた。

チビはパパ座ってと自分の横のスペースを指すが少しきつそうだ。

すると一つとなりの人がバスを降り席が開いたのでおばさんが席をずらしてチビの隣りを空けてくれた。

帰ってさっそく風呂に入り今日もらった薬をつける。チビは飲み薬を嫌がらずに飲んでくれるので助かる。

 
 安らぎを感じるひと時だ。