朝早く、2時間しか寝ていなかったが、何とか起きられた。

 一階に降りると、父親が薄着で寝ていた。

「朝早いうちに、おばさんの所へ行って、話しをしに行こう」と、昨日打ち合わせてあった通り父親を起こす。

 

 「どうも、自分は体が動かねえから、お前だけで行ってくれ」と、言う話だった。

せっかく差しで話が出来るのに、この機会を逃せない。大叔母の頭も、朝のうちはスッキリしている。

 

 そこで、少し頭が回転してきたなと言う頃を見計らって、もう一度、「行こう」と言ってみる。すると、今度は何とか目を覚ますことができて、一緒に行ってくれることになった。

 

 すると、今度は父親のほうが熱くなる。

「どうして、早く行ける準備をしておかないんだ」と散々怒鳴られた。

ビデオカメラとカセットデッキ、それから筆記用具。それらを取り揃えて大叔母の家へ向う。

 

どうして、うちが大叔母から署名捺印をもらったことを朝倉が知っているのか、それを聞かなければならない。大叔母が、向こうに助けを求めているようなら、こちらも、もうあちらを認めるしかない。それは当然覚悟していた。

 

大叔母の家の雨戸を叩く。中から大叔母さんの声がして、暫らくすると縁側の戸が開いた。

父親が「叔母さんのことで、昨日、朝倉三郎が来た」ことを話し出す。どうも話が回りくどいので、僕が割って入った。

「朝倉が、おばさんから、何らかの文書に署名捺印したと言うのを聞いたと言ってやって来たよ。どうして、僕らが署名捺印をもらったことをおばさんは彼らに話したの?」

 

すると、「知らないよ。私は(朝倉入籍の事実を)お前たちに聞いて初めて知ったんだ。」と、どうやら、話の意図がつかめていなかったみたいだったが、その後で、署名捺印のことについては、「聞かれたから答えた」とポロリと話した。

 

94歳の老婆のことだ。父親が「内密にやらなきゃいけないのに!」と大きな声を出しそうだったが押し留めた。

「トンでもねえことをやられちゃったな、早く出す手続きをしてくれ」と言っていた。

そこで、僕はかねてから疑問だったことを聞いた。

「弁護士が、本人の署名捺印がなければ手続きできるはずないと言っていたんだけど。おばさんは、やっていて覚えていないだけじゃないの?」

 

大叔母さんは「そんなことはなかった」と断言した。そして、「何かあったかと一生懸命思い出してみるんだが、自分が名前を書かされたようなことはなかった」と言った。

 

「じゃあ、おばさんは、署名捺印してないと思うけど、してたとしても、その認識のない状態で書かされたんだ。」と僕は結論づけた。94の老婆を騙すのは簡単だ。うちに有利な事情として心にとどめた。

 

これなら、うちが朝倉を追い出そうと努力している事は理屈の通らない話ではない。そろそろ、今日の本題に入ろうと思った。

 

朝倉の意図を打ち砕くため、僕は「僕の口からは云いにくいんだけど」と次のテーマを切り出した。

 

「現在、おばさんの籍に入っているのは、朝倉シオリだけだから、もし、おばさんに何かあったら、おばさんの財産は全てシオリちゃんのものになってしまう。だから、うちの側からも誰かを養子にしてくれればいいんだけど」と。

 

大叔母は、「そんなことより早く出してくれ!」と言っていた。 

 

しかし、「一旦入籍したら出すのは容易ではない」こと、「手続きの最中に、おばさんにもしものことがあれば、財産は全てシオリちゃんのものだよ」と思い出させ、「うちの側から入れれば、それが僕であれば、問題なく農業をやっていけるし、誰か他の人でも、その人から土地を借りてやっていける」こと、「お墓についても、朝倉ならば、あの人たちがいなくなれば終わりだが、うちなら末永く見れる」ことを話す。

 

すると、大叔母は、「そうしなきゃならないな」と言ってくれた。以前、どんなに僕が説得してもやろうとしなかったことだが、朝倉に助けてもらったようなものだ。しかし本当にうまく行くかは最後までわからないが。