高いケヤキの木の上に上って木を切っただ。

怖いし嫌だったけども、どうしても切れとおやじが言うから仕方なく切っただ。


何事も経験だと言うけど、こんな経験なんの役に立つかなあ?


でも切り始めて思っただ。ケヤキは隣の住宅の敷地にかぶさってる。

おやじに言われるままに切り始めてしまったけんど、

切り始めて、しまった!と気がついただ。


おやじは切って落ちる木をひっぱれば反対方向に引き寄せられると思ってるみてえだ。。


だども、おらはは自分の経験上そうならないことをよく知っでだ。

切った木は重いからそのまま落ちるだよ。

落ちる際の不安定なときに、ちょっと引っ張ればズラスことができるなんて

できっこないほど木は重いだ。


切り始めたのはうかつだっただ。チェーンソーで5分の2ほど切っちまった。


おらはおやじにに「木はこのママ落ぢるよ。隣の敷地のフェンスにもかかっちまうよ」と言って覚悟させた。

こうなったらできるだけ被害を小さくする方法を取らねばならねえ。

隣の敷地には自動車も止まっている。


大急ぎで木の上から父親に指示を出した。「紐を自分で引っ張るなんて無理だから

少し離れだ太い木の幹に結わえ付けてくれ。」


こうすれば木が落ちたとしてもこの紐よりは遠くに倒れねえはずだ。


大体こんなに太いところからいっぺんに落とすなんて考えるのが無理なんだ。

こんな住宅地で。切るんだったら先のほうから少しづつだ。


しかし切り始めてしまったから後に引けねえ。

途中でやめて台風にでもあったら夜も眠れねえだよ。


縄をしっかり結わえ付けたのを見て覚悟を決めてチェーンソーのエンジンをかけただ。

もう、ここからは早く落ちてくれと祈りながら切るしかながった。

チェーンソーが止まった。木の上で不安定な態勢でエンジンをかけなおす。

動いてしばらく切ったがやがて動かなくなった。


おらは「降りてエンジンをかげる」と言っただ。もう木の上ではでぎねえ。


故障しでたらもう植木屋に頼むしがねえ。でも燃料切れだとわがってホットしただ。


もう一度入れて切り続けただ。するとミシミシと音がして巨体が崩れ落ちた。

フェンスはぐにゃりと曲がった。車は無事だったが隣の敷地に太い枝が何本も入った。


後始末も大変だった。


「紐を木に結び付け無ければ大変だったろう?」とおやじに聞く。

おらは木の上にいてロープが効いているか判断できなかっただ。

木が崩れ落ちたときは自分が振り落とされないよう気張ってた。


おやじは「あれがあってよかった」と言っていた。


でもね、ケヤキは高いところで大空に向けて太い幹が枝別れしてるから

先が思いやられるんだ。まだ切らなきゃならねえ枝が何本もあるだよ。