空港医師は腕をまくって右手を差し出させると、びりー君の右腕の傷に注目したということです。そして、びりー君が思った通り、「これは何の傷ですか?」」と聞いてきました。麻薬をやっている人間がどういう傷を腕に作っているかは知りようもないですが、びりー君の腕の傷はど見ても注射跡には見えなかったということです。三か所ほどざっくり開いた切り傷に新しい皮膚が形成されて間もない状態だったということです。


 こういう傷をつける麻薬常習者がいないとも限らないのかもしれませんが、もうこんな事で手間取るのはごめんだと祈るような気持だったといいます。なんといって釈明したらいいかわからず、「アーゴ アグリクルトゥーラ エン ハポン(日本で農業をやっているんだ)」と言いました。意味が伝わるかどうかわからないけどとにかくそう言いました。


 あとはなんて言えばいいかわからず、機械を操るふりをして、さらに自分の腕を傷つけるまねをしたそうです。


 しかし、彼は依然として不振そうな顔付きをしていました。それに気が付いたルイスは、あわててびりー君と医者の間に割って入り、医者にびりー君はそういう人間じゃないことを説明してくれました。やっと医者は納得してくれて事なきを得たということです。


 彼は、びりー君からびりー君の症状とびりー君がどういうところを旅行してきたかを大雑把に聞き、伝染病ではないだろうと判断したそうです。すると、ぬるめのマテ茶と錠剤を2錠、合わせて3ソルで処方してくれたということでした。


 医務室を出たところの通路には、その両脇に等身大のフリアカの踊りの神様の人形がたくさん並べられていたそうです。「そこに立て」とルイスは言いました。そして、そのうちの一体と記念撮影をしてくれたそうです。


 このとき、皿のようなどんぐり目玉とカラフルな神様の横で、おどけた格好で立って見せたそうですが、どうしたことかルイスはシャッターを押そうとしませんでした。もしかしたらペルー人として自分たちの国の神様が冒涜されるような気がして許せなかったのかもしれなかったということです。


 冗談のつもりでそうしたのですが、冗談じゃないということでしょうか。でも、びりー君がその恰好をやめようとしないので、ルイスはしぶしぶシャッターを切ってくれたそうです。


 ルイスのやつ、カトリックの癖して、踊りの神様に義理立てする必要ないじゃんか!なんてびりー君は感じました。「ルイスに限った事なのかもしれないけど、ペルー人には独特の神様のとらえ方があるように思う」とびりー君は言います。神は唯一のもので、それが場所によってさまざまな神として発現すると考えるそうです。あるところではエホバでありあるところでは仏であり、あるところではアッラーという具合だそうです。インカ帝国のビラコチャ神というのもそのような性格があったということです。だからその神様のとらえ方はこのあたりで綿々とひきつがれたものなのかもしれません。これはびりー君の感想というよりも何かの本の受け売りでしょう。


 そう言ったら、彼のマンションに住むペルー人もそんなことを言っていたということです。


 6時からさらに遅れること1時間、7時に飛行機はフリアカを出発したということです。