さあ、いよいよ次は飛行機でアレキパか。するとルイスが、急に大事なことを思い出しました。「彼女はタクシーで家に帰るのに十分なお金を持っていなかった!」飛行機の待合ロビーから薄暗がりの中を彼女の姿を探したが、彼女の姿は見当たらなかったそうです。
ビリー、ロッシ 二 デンワ
まったく何を言い出すか知れたもんじゃないと、びりー君は思いました。電話したって彼女が電話なんて持っていないだろう。携帯電話が普及するにはまだちょっと時間がかかります。彼女が家に着くまでにはまだ早すぎる時間だ。ルイスにそういうとそれもそうだと納得していたそうです。
さあ、それでは飛行機の待合ロビーに戻るのかと思いきや、それに通じる表玄関の隣の別の通用口にびりー君を連れて行きました。どうもさっき、ビリー君が「少し熱があってだるい」と言っていたのを機にかけていてくれたようで、医務室に連れて行ってくれたということです。
そんなに悪くないのになあと、ああいうことを口にしたことを後悔したそうです。
そこでルイスに「そんなにひどいもんじゃないからいい」と言って断ろうとしましたが、「何かあると旅行を中断しなくちゃならなくなるから」と言って、どうしても引っ張っていこうとしました。びりー君も確かにその通りだなと思い、仕方なくその言葉に従うことにしたということです。
さてはチェックインを済ませたゲートを抜け出すのにそれを口実にしたな!医務室がゲートの外にあるということを知っていたというのも、彼のことだしありうることだ。そうだとしたら、よくそんなことまで思いつくなと、びりー君は感心したということです。
長距離の移動と、乾燥した空気と、いつもよりせわしい呼吸で、どうもラパスへ入るあたりから少しだけのどの痛みを感じていたそうです。それがここへ来て、だんだん体調を狂わせ始めていました。
通用口の半ばほどに医務室はあったそうです。小さなその部屋の中に入ると、東洋系の顔をした30半ばの白衣を着た男性の医者が、事務用の机に向かって座っていたそうです。医者はびりー君たちに気づくと向きを変え「どうしたんですか?」と聞いてきました。
びりー君は少し熱ぼったいことを伝え、「風邪じゃないかと思います」と答えました。すると医者は管の先端についた円盤をビリー君にあてようとしました。そこでびりー君はそれは聴診器だろうと勘違いして、トレーナーの前を目いっぱい引き上げました。男性医師はそうじゃないという顔つきで、隣においてある血圧測定器を指さしたそうです。そして、早く右腕をまくって出してくれという仕草をしてきました。
何!血圧を測る?しかも右腕で!とうとうその時がやってきました。
実は、びりー君にはこういうことがありました。ペルーに来る前に大叔母さんの農業を手伝ったそうです。田んぼの草を刈り、田を畝って水を入れ、代を掻き稲を植えました。その年初めて一人で田を作ったので機械の扱いにも慣れておらず、テイラーをなれない手つきで操作していたら操縦を誤ってしまい、腕の先の内側に見るも無残な傷を何か所も作ってしまったということです。ペルー旅行の数日前のことでした。
ビリー君にしてみれば名誉の傷で、こういう傷があれば悪い奴らも警戒して近づいてこないだろうと気楽に考えていました。しかしちょうどそのころ招かれたペルー人の友達の誕生パーティーで、「そういう傷があると麻薬をやっていると疑われるよ」と一緒に出席していた男が教えてくれたそうです。
それを聞いたびりー君の気持ちは暗澹たるものになりました。
そして、その通り、疑われる時がやってきたのでした。