びりー君は、バスの待ち合わせの時間がかなりありそうだったので、書き物を始めたそうです。するとターミナルでは、かつてのルイスの学校の先生もバスを待っていました。ルイスは、かつての恩師に気が付くとそちらのほうに歩いていき、その男性の老人に声をかけ挨拶して、懐かしい昔話に花を咲かせたそうです。
無論、びりー君にそのように見えただけということだそうですが。
ルイスの活躍を担任だった先生も知っているでしょう。亡命生活から帰ってきて一時逮捕され妻をはじめとする仲間の嘆願で釈放されたなんて聞きたいことは山ほどあるでしょう。
びりー君も挨拶し、彼らのコーヒーの席に呼んでもらいました。コーヒーを飲み終わった後、手持ち無沙汰に、自分には理解できない彼らの話にじっと耳を傾けたそうです。しかし、無為に過行く時間のあまりのもったいなさに、キエロ エスクリビール(書き物をしたいんだ)と切り出しました。ルイスは、どうぞどうぞと言うように「ダイジョーブ」と言ってくれたそうです。
ペルーの田舎教師って、こんな感じなんだと、初老の小太りで小柄で色の浅黒いその人を見ました。そういえば、日本人だって、昔はこんな人いたよと、びりー君は思ったそうです。
フジモリ大統領の前の時代に、経済政策の失敗で、国民の所得は、30年前の日本の水準に落ち込んだということです。今、僕が見ている彼らの姿は、僕らの父や母、あるいは祖父や祖母の若かった頃の姿なんじゃなかろうかと、びりー君はふと思ったそうです。
今は11日の出来事をつづっていますがこのときのびりー君の心境はかき乱されていたということです。というのはちょっとした出来事があり、どう自分の中で理解すべきかとても悩んでいたということです。
フリアカのアエロペルーのホテルは、割合地味ですが、設備はしっかりしていて、その点はポイントが高かったそうです。びりー君はこのペルー旅行で止まったホテルの中では最高点を上げたいと言っていました。ルイスも、身内のホテルだからか、あそこのホテルについては安心しきっていたということです。
雰囲気的にはクスコのサヴォイホテルの方が数段上でしたが、洗面所の排水溝のふたが開かなくて、使った水がいつまでも洗面台で澱んでいるというのは、気分が悪かったということです。排水がうまくいかないことを知っていて部屋代を安くしたのかな。どちらも、シャワーからは、ちゃんとお湯が出てきたということでした。
町並みはやはりクスコのほうがフリアカよりは美しかったそうです。
ボリビアでびりー君たちが止まったオスタル レプブリカは値段も安かったみたいですが、設備もお粗末だったそうです。確かUS20ドルだっけかなということでした。シャワーも水シャワーでした。気のせいか、最初の数分間だけ、わずかにぬるいお湯が出てきたような気がしたということです。ルイスにそう言っても信じませんでした。