以前書いたのですが、私が精神世界に迷い込んだのは、10年前のことでした。
目的はただひとつ。
恋愛成就でした。
ずーっと、好きな人に好きになって欲しい。
それなのに叶わない。
叶わない私をどうにかしないと。
そう思ってた。
私にとって、願いを叶えていない私は、どうにかすべき問題児だったわけですね。
最上位に願望があった。
自分よりも、遥か上に。
それが分かることを、ここにこんな風に書いてた。
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私は、願望を優先した。
幾度となく、自分を省みるポイントはあった。
彼と会うたびに、心に衝撃的な痛みが走っていたし、彼の存在が怖かった。
それだけ、私にとって、彼は私を傷つける存在になっていたのだ(それだけ好きだったとも言える)。
私はとても自分を惨めだと感じていたし、
彼にとって取るに足らないような存在な気がして、つまり、私の存在そのものが取るに足らないもののように感じて、
深く傷ついていた。
私は、本当はこの”怖い”という感情とも、傷ついたと感じる心のヒリヒリと、向き合うべきだったのだ。
それなのに、ひたすら、「私は〇〇さんに愛されています」というアファメーションをひたすら聞いていた。笑
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この時は、自分の感情と向き合うべき、と思っていたけど(もちろんそれはそうなのだが)、
この文章からは、いかに自分が願望に怯えていたか分かる。
彼に怯えていたのではなく、(不都合な)現実に怯えていたんだ。
現実が、私を脅かすものになってた。
それぐらい、願望実現は、私にとって生死をわけるような、大事な大事な超!最優先事項だった。
で、1000回アファを続けてる中で起こった、アハ体験的気づき。
ふと、もうよくない?と思ったんです。
そう思うと、うわ!もうあの大好きだった彼の件、10年も前か!!
いや、そろそろ本気で私幸せになっていいわ。
もう、卒業していいわ。
と、心から思ったんですね。
※ちなみに、↑の時もアファ聞き流しをやって、「何もしなくていい」に辿り着きました。
が、やっぱりすぐ飲み込まれるのでまだ続けてる、というのは、この時の経験があります。
私は、願いを叶えることを、自分に強いていました。
自分に、「願いを叶えなさい」という課題をずっと課してた。
これって、叶ってない私を否定してることだな。
つまり、自分を否定してることだな。
そのことが腹落ちしたのでした。
(つづく)


