私が北海道にきてもう少しで10年。
早いなぁ。
私の左肘。
体操を始めるきっかけ。
それは幼稚園での体操教室。
その体操教室は簡単な逆上がりとかを教えてもらえるものだった。
そこに通ってたらいきなり体操やってみない?と誘われた。
そして気づけば体操クラブの見学に…。
悩んだあげく3年生になってから始めることに。
3年生までは幼稚園の体操教室に通ってたんだけどね。
そんでもってドッペルクラブってとこに入ったわけで。
どうでもいいけどドッペルクラブって名前の由来は
ドッペルって技があってその技をみんなが出来るようになってほしいって意味らしい。
そもそもドッペルとはなに!?
って話しなんだろうけど
簡単に言えば空中に浮いてる間に宙返りを2回やるってやつ。
まぁそんなことは置いといて。
クラブの中にはAクラス、Bクラス、Cクラスがあって、
Aクラスは週に5日練習があってBクラスは週3回の練習、Cクラスは週2回の練習。
私は最初Bクラスでやってたけど上手くなりたくて強くなりたくてAクラスに入りたいってお願いして上がり。
色々な大会に出させてもらってそれなりに結果残した。
5年生になって東日本ってゆう大会に出てみる?って話が来た。
でもそれに出るためには4種目全てが出来て尚且つ決められた技が出来ないと出れない。
私は必死に練習した。
必死に。
でも一つだけ出来ない技があった。
でもコーチが頑張ってたからって出てみなよって言ってくれて出させてくれた。
いい経験になった。
来年こそは完璧にしてリベンジする!そう決めたのに…。
5年生が終わる頃に
6年生になったら小学校変わるよ
いきなり言われた。
兄が高校にあがるとき北海道に引っ越すと。
ただの親の勝手で。
なんで?
どうして生まれ育った場所から全く知らない場所に行かなきゃいけないのかって本当に怒った。
でももう決められてしまったことだからどうしようもない。
コーチに話をするために練習が終わってから親と話に行った。
北海道に引っ越すことになったから残りの時間、宜しくお願いします。
それは今でも覚えてる。
泣きながら
お願いします。って頭下げて。
これには事情があって、
私には2つ年上でお姉さんのように慕ってた先輩がいて、その人が学業優先のためにクラブ辞めることになってて、コーチはその人のこと凄くよくしてたのに辞めるって決めてから練習も来なくなって…((((;゚Д゚)))))))
私はその先輩と遊んだりしててそれがコーチの耳に入ってそれでなぜか私が悪いみたくなってAクラスからBクラスに落とされて。
もう練習こなくていいまで言われて、なにも教えてくれなくなって、練習行ってもなにも楽しくなくて…でもそれでも体操が好きだから練習は休まず行ってた。
親とも相談して、ここで練習休んだら負けだよってなって一回も休まなかったらコーチに呼び出されて、謝られて。
そんなことがあったからまた同じことになったら嫌だったからそうお願いした。
これは最近になって知ったことだけどドッペルのコーチに私だけ栃木に残してほしいって親にお願いしてたらしい。
きっと強くなるから私たちに面倒見させてほしいって。
でもウチの親は断ったって。
で、引っ越してきて体操をやるためにクラブチーム探し。
2箇所に絞って見学に行って入りたい!って思った方に入ることに。
それが試衛舘さっぽろJr.体操クラブ。
ここでは練成コース、強化コースがあって強化コースに入ることに。
目標は東日本の大会。
そこでドッペルの人たちに会うって約束したから必死に練習した。
大会に出て会うことが出来た。
出来なかった技も出来るようになってドッペルのコーチに上手くなったねって言ってもらえた。
まさかこの東日本が最後になるなんて思ってもなかった。
中学生になって新しいわざに挑戦してた。
ギンガーって技とそれよりも簡単なシュタルダーって技。
段違い平行棒で通しをやるってなった。
この日私は凄く調子がよくて体が軽かった。
まだ完成してないシュタルダーをやった。
出来たことがなかったのにまさかの成功。
それに驚いたのか手が滑ってバーから手が外れて落ちた。
そこまでは良かったのにただ落ちただけじゃなかったみたい。
人間ってさ反射的に手が出ちゃうんだよ。
顔から落ちるのを防ぐために一瞬で手が出たみたい。
落ちた瞬間に左手がおかしくなったことに気づいたけど動けなかった。
コーチに抱きかかえられて体をおこされたときに確実に左肘が逆方向にいってることに気づいてしまった。
倒れてたところから起き上がるときに肘が元に戻ったのもわかったよ。
でもね痛すぎると笑えちゃう。
痛くて泣くってねホントに痛い時できないのよ。
すぐさま救急車呼んで病院に。
私は腕怪我したのに救急車降りたら車椅子用意されてていや大丈夫ですって。
そんなこと言える余裕もあったくらいにして。
ドッペルのときに作ったユニフォーム。肩のところから切っちゃった。
レントゲン撮って診察。
複雑骨折です。
きっと手術が必要でしょう。
普段かかってる病院に紹介状かきますね。
そのまま体育館にもどって訳を説明。
きっともうこのときに私の体操人生は終わってたんだな。
次の日が日曜日だったから1日腕の痛さと格闘して月曜日に病院に。
即入院、即手術。
2週間くらい入院。
成長期での肘関節の手術で骨が成長してきたら関節が離れるかもしれない。
そう言われた。
頑張ってリハビリして1年後に復帰。
でも痛くてもう続けらないと思って中学3年生で辞めた。
高校に入って陸上やって引退してからバイトするようになって次第に左肘に違和感。
まさかとはおもったけど一応病院に。
レントゲン撮って
肘関節がくっついてません。
おわった。
1年間痛みと格闘してなんとなく誤魔化しながら生活してて、専門入って病院紹介してもらって新しい病院に。
レントゲン撮って
肘関節がくっついてません。
やっぱりそう言われて痛みを消すには手術しかないよ。
まじかよ。
専門1年の冬。
新年早々に手術。
専門2年生の7月。
ピン除去。
骨の回復力が早すぎてスクリューの先っぽが埋まってしまって今でも肘の骨の中に埋まってる。
退院して1週間後に就職決まって働き始めた。
あれから2年。
仕事中にいきなり肘が動かなくなった。
たまに痛くなるやつかーって思って放置してみたけど全然よくならない。動かない。
怖い。
即早退。
病院へ。
肘にネズミあるみたい。
内視鏡でとれば大丈夫だから!
そう言われて、
担当の先生がいるときにもう一回きてね
1週間後行った。
CT撮ってみないとわからないからとりましょう。
CTを違う病院で撮って戻って診察室に入ったら
先生がとてつもなく暗い顔。
私は痛みの原因がわからない
とか
なんともないんだけどねー
そう言われるのかなって思った。
私が痛いって訴えていた場所は
やっぱりネズミがあって
肘の内側を折ったときに外側も剥離骨折してて、そこは問題ないからってなにもしなかったんだ。
でもその剥離した骨片が関節の間に入ってしまって痛いみたい。
CT撮りに行く前に外側以外に気になるところはある?って聞かれててそのときに気のせいかもしれないけど内側も痛い気がするって言ったらどのへん?ってなって押されてものすごく痛いところがあってそこ!って言ったら
ここはもしかしたら筋肉の張りで痛みがあるかもって言われてたんだ。
でもCTを見たら骨が剥がれてるって。
まじかよ…。
って自然に涙が出てきた。
この痛みは消えない。
重たい物を持続して持てないのはこのせいだったみたい。
ってことはだいぶ前からだったのかもってなった。
甥っ子抱っこするのにも左手は使わないようにしてたし、生まれたてのころミルクあげるのに左手で抱きながらあげることも出来なかった。
でもこれは甥っ子だから。
自分の子供生まれたら出来ないからやらないじゃダメなんだよって言われて。
親も泣いてた。
ショックって泣いてた。
先生がきちんと治してあげたい。
そう言ってくれた。
年明けに手術が決まりました。
日程は全く決まってないけど
年明けにもう一回CTをとって術式を決めて仕事の休みがもらえるときに手術することになった。
今回は外側と内側両方で
また傷が増えてしまう。
ホントに辛い。
なんでこんなに。
実は
ピン入れた1回目
ピンずれた2回目
ピン抜去3回目
骨ついてない4回目
ピン抜去5回目
もうすでに5回切ってる。
次6回目だよ。
全麻ってさ体にものすごく負担かかるしもしかしたらそのまま目が覚めないかもしれない。
しかもさ私、麻酔が効きすぎちゃって毎回部屋に戻っても起きなくて顔叩かれてるらしいからさ。
怖い。
手術終わって次の日1日寝てるしさ。
怖い。
またそんな恐怖がくるんだ。
仕方ないことだからなー。
とりあえず来月。
長々と語ってみた。
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