ああ、彼女の鋭い言質は、さながら抜き手を見せぬ居合いの妙技。弓の道で言うならば、弓に離れを知らせぬ朝嵐の離れに似たり。彼女の言動は、ことごとくその裏に刃傷の狂気を隠しているのにもかかわらず、その見事な業前故に、それを見るものは感動をも覚えるだろう。それはさながら、日本刀である。人を斬るためだけに打たれた刀は、殺人という狂気をはらんでいるのにもかかわらず、美しい。
私は、彼女の妙技を白刃取る剛腕も持ち合わせていなければ、彼女の真向の一撃を上段に防ぎ、すかさず袈裟に切り返す剣技も備えてはいない。加えて、我が剣風は待ち剣である。相手の初太刀をかわせぬ待ち剣の士に、勝機はない。
となれば、武士としてとるべき道は唯一つである。一度この道を歩き始めたら、敗北はすなわち死である。技量敵わずといえど、相手に背を向くるは士道に非ず。我に残されたる道は、相手の初太刀を我が剣技の全力を以て受けるだけである。そして、もしも力及ばねば、潔く斬らるるもまた、致し方なし。
それは、この狼の斯道不覚悟と諦めるしかないのである。
死合いの時は近い。我が心境はさながら切腹の沙汰を待つ浅野内匠頭長矩。
だが、彼と違うのは、私にはまだわずかばかりの勝利の可能性が残されているということである。勝負の殆どわかりきった死合いであれ、兵法者同士の立合いに、絶対はない。
そしてまた、案の定私が相手の妙技の前に斃れたとしても、そこには手練の一撃に討たれた爽快感が残るだろう。
いずれにせよ、覚悟は磐石、我が心中は穏やかなり。あとは、そのときを待つだけなのだ。