経理研修を受けるべく浜松町を飛び出してお台場へと向かう道すがら、鳩の喧嘩を目撃した。
…いや、あれは喧嘩などという生易しいものではない。
それはまさしく死闘であった。
翼をバッサバッサと言わせながら、互いの喉元をめがけてクチバシを突き立てる。
そんな姿は、平和の象徴としてのハトのイメージからも、甘くて美味しいサブレ的なハトのイメージからも大きくかけ離れていた。
クルッポクルッポ言いながら生涯をただ漫然と生きているだけだと思っていた鳩どもが、己の生命を燃やしながら必死で闘う様は、僕にある種の衝撃を与えたのであった。
うんこを投下すること以外はいささかも我らの脅威となりえないのに、彼らがこんなにも凄絶な格闘を繰り広げているだなんて。
しかし温厚なはずの彼らが、どうしてこんなにも必死で闘っているのだろうか。
しばらくして、はっとした。
死闘を繰り広げる二羽の鳩の姿を、傍らでじっと見守るもう一羽の鳩の存在に気付いたからである。
そうか。そうだったのか。
つまり、この闘いは一羽のメスを二羽のオスが奪い合う青春の闘争であったのだ。
鳩A「のぶ子は俺のモンだ!てめえなんかに渡さねえぞ!バサッ」
鳩B「僕だって、のっちゃんのことが大好きなんだ!昔から、ずっとずっと、愛してたんだ!!バササッ」
のぶ子「ツヨシもナオちゃんも、もうやめて!アタシのために争わないで!」
ツヨシ「うるせえ、のぶ子は黙ってろ!これは俺達の問題なんだ!口出しすんな!ガブッ」
ナオちゃん「そうだよ、危ないから、のっちゃんは下がってて!グサッ」
ガブッ
バササッ
グッサー
バサバサーッ
観戦に熱中して経理研修に遅刻しそうになったため、僕は焦ってその場を離れ、闘いの結末を知らない。
どちらがあの闘いに勝利したのだろうか。
のぶ子は、どちらと結ばれたのだろうか。
ツヨシとナオちゃんは、再びあの頃のような、兄弟みたいに仲の良い二人に戻れたのだろうか。
まあそれはともかくとして、一人の女をめぐって仲のよかった二人の男が争う。
なんともクサさ最高潮の展開ではないか。
僕はこれまで、誰かを蹴落としてでも一人のおなごを自分のものにしたいとは思ったことがないので、ツヨシとナオちゃんの気持ちはよくわからない。
しかし、そうまでするほど人を愛せるということは、うらやましい限りである。
ツヨシだってナオちゃんだって、どちらも同じくらいのぶ子を愛しているはずで、そんなことは、冷静になればお互い手に取るようにわかるはずのことであろう。
それでもなお、自分が一番のぶ子を愛していると信じている。
いや、より厳密に言えば、彼らの気持ちは「自分には絶対にのぶ子が必要」という信仰に終始していて、それならば、競合相手がどんなやつであろうと、あらゆる手段を尽くしてのぶ子を手に入れなければならない。
思索の土台の段階で目標物の存在を「あったほうがいいもの」と設定すれば、どちらがよりそれを欲しがっているかという発想にもなろうが、「なくてはならぬもの」と設定すれば、そのような相対性はもとより問題の外となる。
よく考れば、恋人がいないと生きていけないなどということはあるはずがないのだから、それはどこまでいっても「あったほうがいいもの」の範疇にとどまるものであるはずだが、ツヨシとナオちゃんにはそこのところが全く見えなくなっている。
その妄信を可能にする力こそが、恋愛における幸福の根源であると言うことができるかもしれない。
あの仲の良かった幼なじみの三人に、恋心という名の魔性のそれがもたらしたものは、何であったろう。
それは、愛であったか。
それは、欺瞞であったか。
いずれにせよ、げに罪深きは、恋である。
…いや、あれは喧嘩などという生易しいものではない。
それはまさしく死闘であった。
翼をバッサバッサと言わせながら、互いの喉元をめがけてクチバシを突き立てる。
そんな姿は、平和の象徴としてのハトのイメージからも、甘くて美味しいサブレ的なハトのイメージからも大きくかけ離れていた。
クルッポクルッポ言いながら生涯をただ漫然と生きているだけだと思っていた鳩どもが、己の生命を燃やしながら必死で闘う様は、僕にある種の衝撃を与えたのであった。
うんこを投下すること以外はいささかも我らの脅威となりえないのに、彼らがこんなにも凄絶な格闘を繰り広げているだなんて。
しかし温厚なはずの彼らが、どうしてこんなにも必死で闘っているのだろうか。
しばらくして、はっとした。
死闘を繰り広げる二羽の鳩の姿を、傍らでじっと見守るもう一羽の鳩の存在に気付いたからである。
そうか。そうだったのか。
つまり、この闘いは一羽のメスを二羽のオスが奪い合う青春の闘争であったのだ。
鳩A「のぶ子は俺のモンだ!てめえなんかに渡さねえぞ!バサッ」
鳩B「僕だって、のっちゃんのことが大好きなんだ!昔から、ずっとずっと、愛してたんだ!!バササッ」
のぶ子「ツヨシもナオちゃんも、もうやめて!アタシのために争わないで!」
ツヨシ「うるせえ、のぶ子は黙ってろ!これは俺達の問題なんだ!口出しすんな!ガブッ」
ナオちゃん「そうだよ、危ないから、のっちゃんは下がってて!グサッ」
ガブッ
バササッ
グッサー
バサバサーッ
観戦に熱中して経理研修に遅刻しそうになったため、僕は焦ってその場を離れ、闘いの結末を知らない。
どちらがあの闘いに勝利したのだろうか。
のぶ子は、どちらと結ばれたのだろうか。
ツヨシとナオちゃんは、再びあの頃のような、兄弟みたいに仲の良い二人に戻れたのだろうか。
まあそれはともかくとして、一人の女をめぐって仲のよかった二人の男が争う。
なんともクサさ最高潮の展開ではないか。
僕はこれまで、誰かを蹴落としてでも一人のおなごを自分のものにしたいとは思ったことがないので、ツヨシとナオちゃんの気持ちはよくわからない。
しかし、そうまでするほど人を愛せるということは、うらやましい限りである。
ツヨシだってナオちゃんだって、どちらも同じくらいのぶ子を愛しているはずで、そんなことは、冷静になればお互い手に取るようにわかるはずのことであろう。
それでもなお、自分が一番のぶ子を愛していると信じている。
いや、より厳密に言えば、彼らの気持ちは「自分には絶対にのぶ子が必要」という信仰に終始していて、それならば、競合相手がどんなやつであろうと、あらゆる手段を尽くしてのぶ子を手に入れなければならない。
思索の土台の段階で目標物の存在を「あったほうがいいもの」と設定すれば、どちらがよりそれを欲しがっているかという発想にもなろうが、「なくてはならぬもの」と設定すれば、そのような相対性はもとより問題の外となる。
よく考れば、恋人がいないと生きていけないなどということはあるはずがないのだから、それはどこまでいっても「あったほうがいいもの」の範疇にとどまるものであるはずだが、ツヨシとナオちゃんにはそこのところが全く見えなくなっている。
その妄信を可能にする力こそが、恋愛における幸福の根源であると言うことができるかもしれない。
あの仲の良かった幼なじみの三人に、恋心という名の魔性のそれがもたらしたものは、何であったろう。
それは、愛であったか。
それは、欺瞞であったか。
いずれにせよ、げに罪深きは、恋である。