どうもどうも、お久しぶりですな、弓手師ですよ。

ユンディズムの彼岸が好きで好きでたまらない読者の皆さんには、申し訳ないことをしましたな。

つっても、三日ぐらいしかサボってないけどね。


なんで更新しなかったのかというと、めんどくさかったからです。

それに、シーズンに入るとまじでほんとにまったくネタがなくなりますな。だって朝起きて、ダラダラして、電車に乗って、道場について、弓引いて、帰ってくるだけだし。単調な~生活を~繰り返すだけ~。しかもこのサイクルでは新たにおもしろい情報が入ってくる可能性も低い。つまり、そのダラダラ時間にすんごいおもしろいことがあったり、電車の中ですんっごいかわい~い女の子に遭遇したりしない限りは、書くべきことは生じ得ない、ということなんですな。

あ、もちろん道場でおもしろいことが起こることもあるだろうけど、このブログの読者層を考えると、書いてももうみんな知ってる、というさむ~~い事態になる可能性が高いし、部員以外の読者の方にとっては全然おもしろくねえ話だし、それにブログに書くほどおもしろいことって、道場じゃあんま起こらないよな~。



なので、脳内から書くべきことをひねり出すしかないのであります。私の旺盛なる想像力ならぬ妄想力を遺憾なく発揮すれば、ブログにおける死活問題とも言えるこのネタの決定的欠乏をも、必ずや打開することが可能となるに相違ないのであります。


事実、ユンディズムの彼岸記念すべき第一回、「ユンディズムの深淵に立って」から今日に至るまでのおよそ二ヶ月間、私は幾度となく恐ろしいまでのネタの欠乏に脅かされてきたのであります。なぜなら、私は基本的に単調な生活を送るつまらない男だからです。しかしながら、私はその都度、それらの危機を創造によって切り抜けてきたのであります。シナプスを通り抜ける無数の電気的な信号が、なにもないところから価値を生み出してきたのです。


私は信じたいのです。人間の、「心」の可能性を。たしかに、ディ氏の言うように人間の生命活動は細胞間の電荷の移動に過ぎないかもしれない。人間は所詮機械に過ぎないと言えるかもしれない。


しかし、それでも、私は信じたいのです。

無から価値を創造する、人間の心を。それが単なる電気的反応以上のものであるということを。




さて、では、今日は何を書こうか?







・・・・・いや、もう十分書いたよね。十分ひねり出したよね。

いやあ、がんばったなあ。意味わかんない文章だけどよくやったよ、俺は。

いやあ、人間の創造力ってすごいなあ。いや、ほんとすごいよ。がんばったよ。