時々、孫たちが「勉強教えて」と言ってくる。小学校低学年のころから始まって、中学、高校になっても続いている。今の子どもは塾もあるし、結構友だち付き合いや部活も忙しいので、たまに、ですが、お声が掛かると、こちらは喜び勇んでがんばるわけです。
中学1年の孫の数学に付き合ったとき、いくら考えても分らないことがあった。孫が、答を先に見て、答の解説も解らない、と言う。確かに、結論だけ書いてあって、思考過程が分らない。
娘が横から覗き込んで「AIに聞いてみたら?」なんて言う。今はそういう時代なのか、、、でも娘が調べてくれたけど、やっぱり結論しか戻ってこない。自分で得心しないと、分ったとはいえない、字面ではなく、心にイメージが湧かないとダメだ。娘曰く「中学1年の数学が分らないの?じいじの宿題」
う~ん、自分も歳かなあ、、、問題がおかしいんじゃないの?とか、家に帰って、ずっと考えてて、やっと閃いた。分ったぜ、と娘にlineで解説を送ったが、結局AIと似たような字面の解説なので、娘も孫も得心という様子ではない。やっぱり、イメージとして定着しないとだめ、それはいくら人に言われてもダメ、自分の脳で納得しないと。
というわけで、孫の勉強もなかなかお付き合いが難しいが、孫に教える、というより、自分の頭の体操と思えば、お声が掛かるのが待ち遠しいわけです。孫もホントに分らないから、というより、たまにはじいじに付き合ってあげよう、という魂胆なんでしょうね、嬉しいことです。
教えてと 孫に言われて 猛勉強
こりゃたいへん きょうは英語か数学か 理科も社会もちんぷんかんぷん