一合野郎の覚書

一合野郎の覚書

   ー うめすけ ブログ ー

起きて半畳、寝て一畳、天下とっても二合半。


半人前以下の一合野郎による商売半畳記です。

 今年度はブログ更新も多くする、などと言ったそばから少なくなって、不信感を募らせてしまった。申し訳ない。

 このところ体調が悪かった。男は八の倍数で体質が変わるなって聞くけれどホントだなぁと、東洋医学に目覚めて漢方薬を呑み始めたら、それが合わなかったようだ。

 加えて、春先の気候もよくなかった。昨日メイデーのメイストームが通り過ぎたら、急に楽になってほっとしている。なんたって薫風の五月、バースマンスだからね。

 というわけで、↓の広報の表紙を飾り(5の下にあるのは私の顔)、連載コラムには地元の話題を紛れ込ませて記事を書いた。タイトルは「あじさい通りの館」、そしたらば、その館が版画になっているのを発見↑……門だけしか残っていないけど。

 きっとここから運が向いてくるに違いない。早速、今日は絵にかいたような五月晴れだもの。

 椎茸があおりくらったようなシャッポかぶって皮の股引はいたさむれぇが威張って突っ立ってるってえと、こっち方では洗い髪の女がレェスカレーの皿かなんか差し出してますね……

 噺家の必修科目『道灌』の一節である。それが↑だ。

 銅像(日暮里駅前)やら石像(新宿中央公園)やらは結構あるのだが、リアルな姿はなかなか見られない。昨日、香取神宮の式年神幸祭の一環であろうか、参道で流鏑馬が行われ見学に行ってきた。新緑と武者行列は絵になるね。

 つくづく、「椎茸があおりくっらったようなシャッポ」は巧いなぁと感心する。ちなみに、それを受けた隠居さんの答えはというと、「これは騎射笠、皮の股引じゃなくて行縢(むかばき)。女の髪も洗い髪じゃなく下げ髪、差し出してるのがレェスカレー?お盆に載せた一輪の山吹の花だ」。

 神幸祭が終わる頃には緑はもっと濃くなって、本物の山吹の花が咲くでしょう。神様もリフレッシして下総は、特に香取郡市は中でも多古町はパワースポットですよ。是非お運びください。

 先月の中頃に、母校の匝瑳高校で講演もどきをした。校長先生ですら中・高の後輩になってしまったのと、制服が変わったのに歳月を思い知らされる。

 女子のスカートの模様がどこかで見た柄だなぁと考えていて、フト気付く。あぁ三升格子だ、と。

 前回お知らせした拙著「初音の日」は、主人公が古着屋で三升格子の女仕立て着物を見る場面がスタート。やっぱり縁があるのかなぁと思ったものの、そのまま忘れていた……頭から離れないようではアブナイ親父である。

 それが今朝、ついさっき、某先輩から↑を紹介されて蘇った。

後輩諸君、やるじゃないか、偉いぞ。なんと匝高カレーが発売されていたのだ。限定4千食だそう。早めに売り切って通年販売に発展してほしいものだ。まずは自分も買いに行かなくちゃ、ね。

 

 今年は午年で、3月に60年ぶりの神幸祭があったと思ったら4月は香取神宮で12年ぶりの神幸祭がある。

 ということとは関係ないけれど、3月の『直木抄』に続いて、

『初音の日』が決まりました。

 こちらは6月の発売になるでしょう。初の文庫本なんで嬉しいです。安いし持ち運びしやすいから、是非お買い求めください。

 この校正があって、ブログも跳び跳びになってしまいました。あとは帯やら何やらだから余裕もできそう。新年度を機に、少し更新頻度も上げていきます。よろしくお願いします。

 三連休の初日は残念ながら小雨もよいとなってしまった(関東地方)。遠出は好天の明日にするとして、でもどこへも行かないのは勿体ないとお悩みの皆さん、今日は可愛いネコに会いに来てください。場所は↑の多古町役場です。

 TAKO DOKO KOKO(たこどこ?ここ)は、ウチで売っているトートバッグのデザインだが、多古町は簡単に来られるし近い。JRでも京成でも空港第2ビル駅で降りて、埴輪の前のエスカレーターを上がって外に出ると目の前がバス乗り場。13番から多古行シャトルバスが出ている。停留所はズバリ役場前。

 これからだと、11:00、12:00、12:45、14:00、に乗れば間に合う。譲渡会のあとは道の駅まで歩いて10分くらい。帰りのバスはそこから出るので無駄がない。

 また、先週より役場から1分の場所で角打ちが始まった。昨日ご主人に会ったら、17時頃にオープンすると言ってました。お店の名前はお代官様とは接点のない越後屋さん、の三代目だそう。

 

 60年ぶりのお祭りがあったので、見学にいってきた。神社を出た神輿が九十九里浜へ行くと聞き、先回りして待っていた。

 海風はあったものの、この時季にしては温かく、何より天気がよくて、キラキラした水面を見ているだけでも価値があった。

 その祭りとは、多古町の東松崎にある松崎神社の神幸祭。

 神社とこの浜辺を結ぶと、途中に老尾神社があって、延長上に香取神宮がある。それが下総の秘密を解くカギだと思っている。

 詳細はいずれ発表するとして、話は変わる。拙著「直木抄」がアマゾンにも出た。もしご注文の方がいらしたら、直接下記までメールをいただきたい。ご希望があれば署名してお送りします。

 umeda.umesuke@ymail.ne.jp

           

 来週刊行を予定している拙著の表紙である。

 製本には、少なくとも二週間くらいかかるものと思っていた。遅くとも20日の週にはケリがつくものと思い込んでいた。

 ところが、最終確認は25日の午前、日延べして楽になったわけじゃなく、修正原稿の返ってくる日が遅くなるだけで、菲才の身では精神的に追い詰められる日が増えるにすぎない。

 さらに、22日と23日は大きなイベントがあり何もできないのが分かっており、眠りが浅くなって体力が落ちるばかり。

 で、24日も午前中は身体が疲れ頭が起きず、午後やっと赤ペンを手にする。これがキツかった。校正は肉体労働なのだよ。

 将棋のタイトル戦でおやつの時間が話題になるけれど、頭に糖分補給が必要なのはもちろん、座っていても体重が減る体力勝負と聞いたことがある。レベルは違えど、あれと同じ状況だ。

 そもそも、自分で書いた物語など何百回も読んでるわけだから面白いわけがない。集中力を維持するだけで本当に疲れる。頭も心も体の一部だものね。校了したのは、25日11時58分だった。

 横浜へ行ってきた。40年ぶりに訪ねた中華街は大変な人出、さすが旧暦元日だ。↑は青龍と朱雀、↓は白虎と玄武である。

 あいにく寒い日になってしまったけれど、やっぱり正月は此の時季のほうがふさわしい気がする。梅の花もほころび、どころか五分咲きほどにはなってるものね。

 ただこれは、たまたま休日の火曜が春節にあたっただけ。目的は、知人が始めた鰻屋さんへ開店祝いに行ったのである。

 場所はJRなら関内駅で降り、横浜スタジアムと反対側に出て徒歩5分、地下鉄なら伊勢佐木長者町で降りて2分くらいだろう。

 お店の名前は『之屋』さん。オーナーの名前の一部から取ったようで、実は私の本名の一部でもある。

 噺家として独立した頃に支えて下さった方だから、ぜひ成功していただきたい。ランチの「うなとろセット」は客観的に見てもお得じゃないかな?おいしいです。皆様よろしくお願いします。

 久しぶりにゲラを見ている。この作業は嫌いじゃないのだが、集中力の持続時間が短くなったのを思い知らされ、それが寂しくもあり情けなくもある、かな。

 立春に始動して来月の啓蟄あたりに刊行できると、季節重視の暦となっていい感じだ。タイトルは『直木抄』、直木賞を貰えないから自分で書いて出してしまうなんてのは、非常に噺家らしくていいでしょ?西村京太郎氏の選評も使用許可が出たし、ヴィジュアル的にはウケそうな本になるだろう。まあ、売れるかどうかは別問題だけどね。……あまり期待はできないし、していない。

 今年は6月にもう一冊予定しているので、前半はこういった作業が続きそう。乱視がひどくなるのは間違いない。

 昔、身体を嘆くばかりの中高年を陰で笑っていた自分を責めたい、今の自分に謝らせたい、そして替わらせたい、目だけでも。

 それでも、モニターよりは紙のほうがずっとずっと、いい。

 

 ー ふるさとは風の中なる寒椿 ー

 この句は、落語協会の大先輩である先代の扇橋師匠が詠んだ。郷里で暮らすようになり、師匠のふるさとも訪ねてみたかった。で、青梅に行ってきた。↑の通り、レトロで売っている街だ。

 山間の温泉地のような風情で東京なのを忘れそう、西村京太郎サスペンスの舞台候補、と言ったら分かりやすいだろうか。

 市名のせいか、梅をモチーフにした商品や意匠が目立ち、なんだか名誉市民になったようで気分がいい。

 一泊し、翌日は東村山~庭先ゃ~多摩湖~を抜け、狭山茶処♪情けが厚い狭山で落語会、四席やって東京下町で噺家仲間と待ち合わせ、ギリギリ正月中の新年会をする。

 別の大先輩の話題になり、名作デセンバーで盛り上がる↓。

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 きっと近くにいた人は「ずいぶん訛った親父達だなぁ」と思ったに違いない。私はその通りだが、一緒にいた先輩は落語協会で一番英語が堪能だと思われる……たぶん。

 帰りに「今日は僕が」と言うので、「兄さん1月はゼニアリーですよ」と少し置いてきた。『ゼニアリーで夕食を』だね。