学校の算数の宿題で、解けない問題が発生したのですがあせる

突然ギャー!と大泣きし始めて止まらないきっちゃん、そのまま椅子で地団駄を踏む事態に!

集合住宅な我が家、下の人に迷惑だからそれは止めてと言うと…ソファーに寝転んでジタバタを激しく手足を動かして更に大泣きあせる

(素直に地団太を止めて、咄嗟に影響の少ない行為に切り替えられる冷静さがあるのはちょっと面白かった笑)

 

わかんない、出来ない…とメソメソと泣くことはまだ時々ありますが、癇癪を起すのは半年以上なかったので、油断していましたガーン

1年生の時はこういうことが頻繁にあって、色々と試行錯誤して言語化を手伝った結果、【理想として掲げている『出来ている自分』と現実のギャップが受け入れられない故】というのは、私も頭では理解しています。

 

とはいえ、平日の夕方にこれが起きると、ただでさえ時間が無いのに夕飯・お風呂などの日常生活が大幅に遅れることが懸念され、どうしても心穏やかではいられません泣

その遅れは睡眠時間に影響し、そうなると翌朝以降に尾を引き、そこからの体調不良→何日も休む事態という過去の経験が呼び起こされ、焦ってしまう私。

とりあえず落ち着こうよと声をかけても、本人も感情がぐっちゃぐちゃなので、泣き叫びながら「宿題やるの!」と言って椅子に座ってみたり(そこで暴れるのでソファーに戻る)、勤務を終えた夫を見つけては抱き着いてギャーギャー泣いてみたり(暴れるので痛いからそれはやめてと言われてソファーに戻る)、まぁカオスですドクロ

 

あーこりゃもうダメだと諦めモードだったのですが。

 

少ししたら「お腹空いたぐすん」と落ち着き始め、ご飯を食べ始めると「さっきはごめんね」とこちらを気遣うきっちゃん。

パニックになっちゃったのかな、まぁそういうことあるよね~と寄り添いつつ、出来ない問題があってもいいんだよという話を改めてしました。

 

「たぶんこう!」となんとなくで解けてる問題と、しっかりと理解している問題の違いは自分では把握できないこと。

理解しているかどうかの見極めには色々な問題に挑戦するしかないこと。

どこが曖昧さの原因かを見つけてもう1度基礎からやり直すのは大切なこと。

そして、それは学校では先生も1人1人の細かいところは見られないから、家でしか出来ない、だから宿題になっていること。

 

噛み砕いてこれまでも何度も話してきていることなので、本人も「そうだよね」「わかってる」とは言うものの、本質としてどこまで伝わっているんだかあせる

それでも、何度も繰り返し伝えていくことで、自暴自棄にならず、少しでも前向きになれるといいなと思います。

 

面白かったのは、話がひと段落した際に「そういえば泣いている時に、さっきの問題の解き方がわかった」と言ってきたこと笑

あんなにギャーギャー泣き叫んで暴れていたのに、頭の中では問題のこと考えていたんかい!?

まぁそれも結局は勘の解法?だったので、教科書も出してもう一度基礎的な考え方から一緒にやり直したのですが。

 

気持ちの切り替え後は「遅くなっちゃったから!」とお風呂なども普段よりもハイスピードで頑張っていて、そういった所にも成長を感じました。

初動の段階で私も焦りからイラっとしてしまいましたが、きっちゃんもいつまでも幼いままではなく頑張っているのだなと思うと、過去のイメージだけでイラっとせず、最初からもう少し優しく寄り添ってあげられていればなぁと反省しましたショボーン