今回の帰省のメインの目的は、入院することになった大叔父(?)(親父の叔父)に会いに行くこと。
入院と言っても、大きな病気とかではなく、ホスピスのようなところ。
年齢を考えると、おそらく最後の面会になる可能性が高い・・・
父方の祖父が7人兄弟で、それぞれがまた3人ずつくらいこどもがいて、さらにそのこどもたちが・・・と、親戚の数はもはや数え切れないほど。
肝心の祖父はオレが生まれるだいぶ前に亡くなっていて、親父は叔父たちにだいぶ世話になったようだ。
叔父たち同士の仲が良く、その子ども同士(つまり親父といとこたち)も仲が良い。
7人兄弟ともなるとそれなりに年齢差もあるので、一番下の叔父と親父は年齢もそんなに離れてないし、逆に親父と一番下の従妹では親子ほどの年齢差。そこに赤ちゃんから小中学生のチビたちが。
さすがに全員はムリだが、今回久々の帰省ということでその中の15人くらいが集まってくれた。
こういう親戚関係は、フィリピンで見て憧れた形と変わりないのかもしれない。
血縁だけでなく、地縁も祖父世代ではだいぶ強く、その名残はまだまだあるようだ。
まさに憧れた田舎の人間関係じゃないか。
そんな中にみんなオレを温かく迎え入れてくれる。
いつか作りたいと思った人間関係はすぐそこにあり、苦労せずに入れる、いやすでに入っていたのかもしれない。
だけど、頭では理想に近い良い関係と理解しているはずなのに、オレの心はそこに入ることを拒んでいた。
オレは完全に埼玉で育ち、福岡に帰るのは年に1回、夏休みのときに1週間ほどいるだけ。
だから大叔父や親父の従兄弟たちとは年に1回会うくらいだった。
普段会う大人とは全く違うタイプの人たちで、言い方は悪いが馴れ馴れし過ぎるオジさんたちだと感じていた。
そういう暑苦しいくらいの温かさというか、壁がない感じとかに不慣れだった。
しかし、慣れてないだけなら拒む理由にならない。
頭では求めているはずなのだから。
考えてみて思い当たるのは、母親の愚痴。
母親も同郷の人間だし、そういった付き合いが嫌いだったはずはない。
だけどやっぱり苦労させられる部分はあったらしく、内容は全く覚えていないが、愚痴というか文句をよく父親に言っていたことを覚えている。
おそらくこども心に、この人たちは「母親の敵」なのだと感じたのだと思う。
心にひっかかっているのはきっとそれだろう。
別に全然たいしたことじゃない。
だけど、こんなに小さなことでも、ある意味トラウマのようなもので、幼少時の記憶・体験というものはいつまでもいつまでも後を引くようだ。
これが逆、つまり父親が愚痴っていたのなら、ここまで引きずることはなかっただろう。
母親だから。
男なんてみんな、多かれ少なかれマザコンなんだ、とどっかで聞いたことがある。
本当にその通りだと思う。
女性に嫌われるような、ああいう表に出てしまうようなマザコンは少ないと思うが、内心の部分では母親に対する思いというのはやはり特別なものがあるのだろう。
オレも普段はそんなに自覚はないが、こういうときなどには、やっぱりその特別さを感じてしまう。
話はそれたが、そんなこんなで理想に近い人間関係を目の前に、そこに足を踏み入れることに躊躇してしまう自分を発見した今回の旅。
ああいう親戚や地域の関係にはやっぱり憧れる。
これから先、自分が親とかになったとき、そういうのを作っていこうと目指すかもしれない。
そういう時も、それに拒絶反応を示すような「第2のオレ」が出てこないように、独りよがりにならないように気をつけなくてはいけないということを心に留めておこう・・・