映画『いのちの食べかた~OUR DAILY BREAD~』 | PLANETARIUM ~文系中途SEのお勉強。ときどき乃木坂46~

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文系国立大学を卒業後、3年半予備校に勤務。その後、半年間の無職期間を経て、2014年春からSEに。
学生時代のこのブログを掘り起こし、再就職活動と乃木坂46のことを綴ってきました。今後はITの勉強過程も記していこうと思います。

ブログネタ:今年の私的アカデミー賞は? 参加中

私的アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞

招待券をもらったので、ポレポレ東中野 に行って観てきました♪


なんだかなぁ・・・

帰ってきてからHPのmanual を見たけれど、それでもう~ん・・・


映画の内容としては、淡々と日々の食事(まさにour daily bread)ができるまでの工程と、そこで働く人々の映像が続くだけ。
一切の説明はなく、セリフもBGMもなし。ただ機械の音が響き、ときたま動物の鳴き声(悲鳴)が聞こえる。
ごくたまに聞こえてくる労働者たちの会話(何語だか、何を言ってるかはサッパリ???)が慰みに思えるくらいに、無機質な映像が続く。

そこに映っているのは、まさしくオレらの食事になる「いのち」であるのに、それを扱う人々なのに、何でここまで無機質に見えてしまうのだろう?

ほとんどの工程が機械で行われているから?
人の手による作業も、効率のための分業の結果、機械的な単純作業の繰り返しだから?

監督のメッセージはわからなかった。
はっきりと言わず、ただ現実を切り貼りしただけだから、映ってる部分と同じくらい、もしくはそれ以上に、映ってない部分も読み取らなきゃいけない。
その映ってない部分を、オレは知らない。。。

見える部分から思ったのは、こういう現実の上に日々の食事が出来上がっているという現実を、どう受け止めるべきなのかという疑問。

これだけ大量の食料が必要な時代、効率やスピードを求めての機械化はやむを得ないと思う。
それでも、農作物の機械による収穫にはほとんど抵抗ないけど、対象が動物だとまだまだ抵抗を感じる。
淡々と作業をこなす労働者に嫌悪感を覚えながら、彼らにとってはそれが仕事であり、オレらの代わりにやっているのに過ぎないのだと頭で納得する。
野菜に農薬を撒く姿は完全防護服。残留農薬がいかに危険かリアルに推測できた。

じゃあすべてを昔ながらの有機栽培に戻したら?
生産の苦労を背負うのは農家さん。
生産量が減ればまず減らすのは国外への輸出。輸入に頼る日本は?
だからといって安全と引き換えにというのは納得いかないけど。。。
畜産の機械化だって同じ。
誰かが代理でまとめて請け負っているのに、理想だけを押し付けるのはただの自己中。

結局、少しずつ変えるしか道はなくて、その負担はみんなで負ってかなきゃいけないんだろうな。当たり前になった贅沢を節制するとか、価格による負担とか、その方法は色々ある。
でも、みんなそれは嫌なんだよな。

安全は絶対。安さも必要。もちろん美味しさも。
その主張は悪いことじゃない。その要求を満たすために、生産側も発展してきた。

いつのまにか、どっかで何かが置き去りにされたんだ。

置き去りにしてきたのは誰か?
それを取り戻すのは誰か?

そんなの後でいい。
犯人を見つけて、さぁ償えと言えたとして、言えた瞬間には手遅れになっているだろう。

最近、毎回この結論にたどり着くのだが、自分が何か変えない限り、何も変わらないんだなぁ。。。

オレ的にあと気になったのは労働者。
穿った見方をしてたからか、全員非白人に見えた。
いや白人もいるんだけど、金髪碧眼はいなくて、東欧系っぽく見えたというか。。。
農家はまだしも、食肉工場とかの労働者はやっぱり安い労働力が・・・?

これまた別の問題もあるのかなぁ?


原題に対する邦題も面白い。


強烈なメッセージのある映画でもないけど、とても考えさせられる映画。
観る人によって、どうにでも捉えられると思う。
多くの人に観て考えてほしい映画です。


↓こちらもある意味アカデミー賞?

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