中学2年くらいの時に両親が別れた。あの時の人口は1000人以上いたと思うんだけど、さっき調べたら令和3年の今で680人くらいで草生えた。もうなくなるやん




そんな元村、合併して町になった地元で当時離婚なんてしたらもうそりゃ何言われるかわかったもんじゃない。知らんジジババが「あぁ〜◯◯の家の子か〜」って言ってくるような、ペットにイノシシ買うような、学校のプールにはヘビが泳いでいるような、そんな田舎特有のそういうやつがあるとこで両親は別れた。




わりと最近気づいたんやけど、自分はまじで好きなもの以外にスーパーハイパーウルトラ鈍感らしくてその時はとにかくうるさい母親が出ていくことに嬉しさしかなかった。だから村の人からなんて言われようが、叔父がそういうのにうるさい人だろうがどうでもよかった




父は長距離トラックの運転手だったから2日に1回?くらいのペースで家に帰ってきてた。父は子供に甘かったから好きだけど、母はうるさくて機嫌に左右されてめちゃくちゃ怒ったり、躾の一環で秋の寒空に家から出されたり木の太い肩叩きの棒や鉄の大きな布切りハサミで頭叩かれたりしたから嫌いだった。

精神科で看護師として働いて気づいたけど、母はたぶん自己愛型のパーソナリティ障害とかヒスがあったんだと思う。あと今でいったらわりと虐待手前だったんじゃないかと思うww




そんなだから夫婦喧嘩も絶えないんだよ。大きな掃除機振り回して母は父を殴るし、大量のコショウ入りハンバーグが夕食に出されるし、そんな環境だったから「お母さんお父さんと別れたい」っていっつも相談してくるたびに別れろって自分は言い続けてた。




そしたらある日離婚が決まって出てった。その日の前後の記憶はないし妹たちが何を言ってたかも覚えてないし、次にある記憶は苦手な叔父叔母の家で晩御飯を食べなきゃいけなくなった記憶。

叔父は物凄く絵に描いたような昔ながらの田舎の人間だったから、世間体を気にして色々嫌味なことも言ってくるから、晩御飯は家で食べたいって父に言ってそのうち行かなくてよくなってめちゃくちゃ嬉しかった。



そんなこんなで、高校は看護科があるとこで5年間通えば最短で看護師になれるとこで、なんとかストレートで合格して看護師になり大嫌いだったクソ田舎から引っ越して大都会の病院に就職した