私が子どものころに学校では
なんて教えてくれていたのか
ほとんど記憶にないのです。
よく聞いてなかっただけかもしれませんが…。
そうしたら最近、
大学で法律を学んで、
卒業して現在も法律の勉強をしているという人と知り合ったので、
ちょうどいいので、
法律が何のためにあるのか聞いてみました。
するとそれは、
先生によって考え方が違うということでした。
ある先生は「秩序を……」、
ある先生は「正しいことの規準……」のようなこと、
その人は
「そんなことは、
昔のじいさん、ばあさんが決めたことだから、
もう死んじゃっていないから解らない」という感じでした。
そんなふうに考えていることを
勉強しようと思うのも
どうかと思いましたが
そこはその人の学びなので
それ以上は聞きませんでした。
法律に対する解釈は人それぞれですね。
ということで終わりました。
あるブログに
法律は、「法律があろうがなかろうが、
やる人はやる、やらない人はやらない、
どっちでもない人たち(自分で考えない人たち)を導く(コントロールする)ためにある」
と、書かれていたことを覚えています。
私がこれまで法律、法令に関わったのは、
資格や免許の取得のときなどに
試験のためや書類提出のために
その部分だけを少し読むくらいなので、
そのために記憶することが目的なので、
内容に違和感や疑問があっても
そこで考えることはしていませんでした。
学校や講習会なんかでは、
試験に合格させることや
とにかく覚えさせることが目的になっているので、
教える側も学ぶ側もそれに集中するから疑問があっても考える状態ではないのでしょう。
それもコントロールのひとつなのかと思います。
ここ数年で私が考えた
法律に対する解釈は、
「法律は、
法律をつくった存在、つくらせた存在が、
大衆をコントロールするための道具」という感じでした。
が、
今日、ふと思い浮かんだことが…
それは、
コントロールすることと同時に
「そのコントロールに気づかせる、何かに気づかせるためのもの」でもあるということです。
物事はすべて正反対向で存在するということですから、
良いと悪いではなく、
ポジティブとネガティブ、
陰陽のような、
方向の違うエネルギーが同時に存在しているのだと感じて、
しっくりきました。
ここからの学びで考え方が
また変化することもあると思います。
これが、
今の私の次元なのだと感じます。
