2025年にはジョルジオ・アルマーニ氏に続き、この方も亡くなった。建築家のフランク・ゲーリー氏である。建築に詳しいわけではないが、代表作と名前くらいは一致する。今回の訃報に接し、改めて同氏の足跡を振り返りながら、同氏の意外な作品に想いを馳せてみる。ゲーリー氏は1929年、カナダで生まれる。高校卒業後の1949年に家族とロサンゼルスに移住し、トラックの運転手や親戚の事業の手伝いをしながら大学の夜間クラスで美術などを学んだ。南カリフォルニア大学で陶芸を専攻した後に建築に転向し、軍務を終えてからハーバード大学に進学して都市計画を学んだという苦労人だ。
1962年、フランク・O・ゲーリー・アンド・アソシエーツを設立し、民家を波トタンや合板、金網を使って改築した自邸(米国サンタモニカ、78年竣工)で注目を集めた。90年代初頭から設計に3次元CADを駆使して複雑な曲面をもつ建築物を数多く設計。代表作として最も有名なのはスペインのグッゲンハイム美術館(97年竣工)である。衰退していた産業都市に突如として現れた異彩を放つミュージアムは、開館初年度に130万人を集客するほどで都市名からビルバオ効果と呼ばれ、世界中の自治体が街のアイコンとなる施設の設に乗り出すきっかけとなった。2003年竣工の米国ウォルト・ディズニー・コンサートホールは、バラの花が開くような外観が際立つ。14年のフランス・パリのルイ・ヴィトン財団美術館は、ガラスをメーンにデザインされ、こちらもゲーリー氏らしい作品だ。
日本では鯉が飛び跳ねる巨大オブジェ、フィッシュダンス(神戸、1987年)が有名だ。これが建築された時はバブル期だっただけに、建築もアートの一部として使い勝手や機能性より眼を引く奇抜さが優先されるのかと思った。その後、ゲーリー氏は「子供の頃、祖母が市場で買ってきた生きた鯉を浴槽に入れて観察していた」というのを何かの記事で読んだ。魚は同氏にとって創作の引き出しの中にあり、イメージの着想源となっているのだと理解した。建築界のノーベル賞と言われる米プリツカー賞の受賞(1989年)は、民家を改築した自邸が評価されたと言われる。波トタンや合板などを無造作に組み合わせたような建物で、戦後の資材難で日本各地に建ったバラックのように見えなくもない。だが、計算され尽くした造作で、外見からは見えない部分にまで配慮された設計だと聞く。資材の高騰で再利用が叫ばれる今にこそ、求められる構造のようにも思える。
ゲーリー氏が造る作品は奇抜で異彩を放つことから、近隣住民の反発を招くことも少なくなかった。ただ、どこにでもある材料を使って建てる手法は、renovating democracy of architecture、建築の民主主義と評される向きもあったが、代表作を見ると造形的な美しさや巨大・壮大という形容の方が合致するから、そうした評価はどうなのか。自邸の設計については街の平凡な素材を活用しようと説明したのを見ると、むしろ一般市民のための設計思想に溢れているのではないかと思える。代表作は見た目の奇抜さが視覚的、芸術的なインパクトを与える。それが結果として都市と建築の関係において、何らかの活力をもたらすという意味では、街にも市民にも必要不可欠な存在になっていると言ってもいいのではないか。
批評家の中には、ゲーリー氏を21世紀建築のジャズ奏者と称する方もいる。建築の基本を押さえながらも、時にアドリブを効かせて創造力の赴くままに対象物を表現していくところがあるからだろうか。60年もの長きにわたる建築家人生で、手がけた作品は70点余り。世界大戦の復興から都市計画が立案されると、フランスパリのように漆喰を塗り固めた古き街並みを再現するところもあれば、ニューヨークのように四角いコンクリートのビルディングを建てるなど、世界中の都市では景観を考えて同じような建物が作られていった。相似形の建物が一様に建ち並ぶ中で、モザイク柄が浮き出る壁面やお伽話に出てくるようなブロック型の家屋が現れると、街の風景はリズミカルにガラリと変わった。住む人の気持ちをスウィングさせるというのは、まさにジャズである。
ティファニーでフィッシュライクなデザインを
ゲーリー氏が亡くなったのは12月5日。週末に差し掛かったため、訃報記事の多くが週明けに発信された。内容は一様に同氏の建築に対する考え方や作風、代表作を取り上げるものだった。実を言うと、ゲーリー氏は2006年にあのティファニーのジュエリーデザインも手がけている。一時的なスポット契約だったようで、同氏がデザインしたジュエリーが脚光を浴びたわけではなかった。だから、メディアも訃報記事ではノーマークだったようだ。ただ、ジュエリーファンの中には、同氏が設計した建築物は知らなくても、ネックレスやペンダントは見た記憶があるのではないか。筆者も他のジュエリーブランドがデザインしないようなアイテムには目を見張った。ショップに出向くと、ジャパン社がゲーリー氏デザインのジュエリーをかなりプロモーションしていたことを知った。
ジャパン社はシルバーやジェムストーン、翡翠、オニキス、木製のヘッドを繋いだネックレスをアップで撮影した豪華なティファニーカラーのパンフレットを制作し、顧客に配布していた。当時のジュエリー市場はバブル崩壊の影響もあり、3兆円から1兆円ほどに縮小していた。ティファニー自体はそこまでの影響は受けていなかったものの、ヒット商品はオープンハート以来の爆発的なものが出ていなかった。そのため何らかの活性化が必要な時期にあったと思う。ただ、ティファニー本社としては新進のデザイナーを起用したところで、花やリボン、蝶などをモチーフにしたアール・ヌーヴォー的なデザインでは、他のブランドと差別化できず陳腐化しかねない。同社がジュエリーデザインの系譜にない発想を求めていたとすれば、違う世界の人間がつくる造形美こそ相応しかったのではないか。それがゲーリー氏を起用した理由だったのではないか。
デザインは大きく分けて3つある。まず2次元で設計するグラフィックデザイン。ポスターやフライヤー、ビジネスカードなどといった平面、紙面に文字や写真、イラストなどをレイアウトして構成するものだ。次に時間の流れや変化を表現の要素として取り入れるのがタイムデザイン。ストーリーが刻々と変わっていく映画やテレビ番組、動画といったメディアアート、尺を埋めるために演出や趣向を凝らす舞台やコンサートなどのイベントがそうだ。そして家電や家具、自動車、フィギュアなどを生み出すプロダクトデザイン。3D、立体的な形状になるものと認識すればいいだろう。その意味で、建築物も広義のプロダクトデザインに含まれるし、生活者が時間をかけて体験していく中で作品が変化するように設計しているとすれば、タイムデザインとも言える。
ジュエリーは立体的な形状をしている点ではプロダクトデザインであり、時が流れるにつれて色・艶が変化し、独特な趣が出てくるところはタイムデザインと言えなくもない。つまり、ゲーリー氏は建築を専攻する中で、立体のフォルム作りをしっかり勉強して来たのだから、自由な発想で様々なものに投影するとすれば、ジュエリーのようなプロダクト&タイムデザインも可能だったと言える。そうした同氏の素養というか、才能をティファニーが見抜き、デザイン戦略の活性化を進める中で、白羽の矢を立てたのではないか。最初、ゲーリー氏がデザインしたジュエリーを見た時は感じなかったが、今改めてその時の写真を見返してみると、シルバーやジェムストーン、翡翠などの素材である形が表現されているように見えてくる。「魚」である。それらは輝くプロダクトデザインというか、タイムデザインの煌めきといったキャッチコピーがしっくりくる。
ゲーリー氏は子供の頃、祖母が市場で買ってきた生きた「鯉」を浴槽に入れて観察していたことが建築においてもイメージの着想源の一つになっていると、先に述べた。神戸のフィッシュダンスでも、鯉が飛び跳ねるような姿が巨大オブジェとして表現されている。ティファニーのペンダントも、色とりどりの鯉が池の中で漂う姿がデフォルメされているように見える。アイテムによっては「フィッシュペンダント」と表記されているものもある。最初、ティファニーのジュエリーは同氏が設計した奇抜な建築物とは趣が異なり、ミニマルで流れるようなフィルムが特徴だと感じた。だが、フィッシュペンダントという点で見ると、ジュエリーでも建築と共通して魚がイメージの着想源になっていたことが理解できる。ゲーリー氏だからこそ、それができたとも言えるのだが。起用したティファニー側の懐の広さというか、作風を建築家の視点に転換したデザイン戦略にも目を見張る。
遅ればせながら、心よりお悔やみ申し上げます。合掌
※当コラムは2010年ごろからGoo Blogにて執筆をスタートしました。ですが、25年11月18日でサイトのサービスが終了し、Amebaへの引越しを致しました。過去14年にわたる月別アーカイブは、2011年から併載していますlivedoorブログ(http://blog.livedoor.jp/monpagris-hakata/)でご覧いただけます。





