1971年、後楽園球場のグランド・ファンク・レイルロード | 旅館の親父のブログ

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群馬県の山奥で、温泉旅館を経営してます。
1955年生まれ、温泉旅館を経営してる者です。
子供の頃から興味を持ったものは何でも収集(追求、研究)
したくなる、コレクター癖があります。
そうです!波乗りも還暦過ぎてもやってます!
よろしくお願い申し上げます。

1971年、後楽園球場のグランド・ファンク・レイルロード

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のコンサート行きましたよ~ん!
行ったのさ!

たぶん?外国ミュージシャン初の野外コンサートだったかも?(当時はドームじゃなかった。)
のちに富士の方でピンクフロイドなんか有ったけど・・・・
 
会場に行く前、姉達に連れられ(当時は高校一年生)新宿のロック喫茶でテイション上げて?(笑)
行くのでした・・・水道橋駅から歩く道は、ウッドストックに集まってくるヒッピー達と同じ・感じ?(笑)自分も此処に居る、興奮しながら、歩いていた・・・
 
リハ-サル大音量!嫌が上でも上がってくる!!

司会者とか居た記憶が・・・?『
糸居五郎
』???違ったかな?
 
前座のトップ・バッターの麻生レミ・バンドが登場 ベースには山内テツ(フェイセスでもやっていたかな?)ファッションはまるでャニス・ジョプリン曲もそうだった。
 
又前座のマッシュ・マッカ-ンは、期待してなかった、何たって、マッシュ・マッカ-ンである。(笑)
天候の景況もあって、看板は飛ぶは、雷はなるは・・・そんな自然の応援(演出)で、其処はもう、日本のウッドストックになった。
そんな感じで火がついたか?かなりの熱演で中々よかった。
 
 
落雷,大雨、暴風と嵐の後楽園!オマケに入りきれない外からのファンが耐え切らなくなったドアを開け入ってきた(乱入とも言う)
 
もう其処は、ロック会場の戦場となり、観客とGFRとの戦いだった。
乱入に、グランドに飛び降りる奴、バックネットに上り、狂ったように頭を振る!単なる揃ったスッタンディングと違い、変な宗教におかされたバカ集団とかしていた。
全ての偶然が重なり、其処に居る喜び!ロック好きな少年は、これこそロック!
ハードロックと・・・この出会い、空間との出会いが、オバカサン人生になり、人生ロックしていく事になる?(笑)
 
『 GFR 』迫力のある音だけじゃないと、立証された1971年夏の嵐でした。
 
確か彼らのキャッチコピーで!『ツッペリンもぶっ飛んだ!』とか、有った記憶が有りますが
 
まさしく、全てのものがぶっ飛んだ、時間、空間だった。