随分とブログ(日記)が空いてしまった。
季節はというか、自分の寝スタイルは、すっかり長袖からタンクトップに変わるほど空いてしまった。
感じたこと想ったことを残したいけれど、睡という魔に毎晩9時過ぎに襲われていた![]()
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今日は是非に書きたいことがあって頑張っている![]()
今日見たことをものすごく書きたい![]()
書きたいのだ![]()
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ちょっと海でも見ながら、車の中で濡れ煎餅🍘を食べることにした。
(出だしから突っ込まれそうなシチュエーションだけれども
)
車を停めるのに良さそうな場所をみつけ、駐車しようとした所、謎にすずめとハトに囲まれている先住車がいた。
それはここ近年、見ない翼の量であり、し・か・も、すずめとハトが仲良く混合でうごめき、どちらがどちらを牽制し合うことなく共存している、すずめ、すずめ、ハト、ハト、ハト、すずめ、ハト、すずめ、ハト、ハト、ハト、ハトの「すずめバト」の光景であった。
ものすごく近くで見たく、その先住車の隣に駐車した。
良席GET![]()
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心はもう海はどっちらけで、そのすずめバトがうごめく先住車を凝視
👀👀しながら濡れ煎餅🍘を食べていた。
すずめバトは、慣れた様子で先住車のボンネット、ルーフ(車の天井)、ドアミラー、フロントワイパー部分に数匹居座り、残りは先住車を囲むように道路に群がっている。
何匹かは、まるでサーフィンのごとくピラー(フロントガラスの横の斜めの柱)を滑るように移動![]()
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野生ってこんなに簡単に車の上に乗るものか![]()
(な、馴れすぎている…
)
しかし、どうしてすずめバト状態になっているのか![]()
しばらく観察していると…
おじさん![]()
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がひとり先住車からでてきた![]()
そして、パン
らしきものをあげている風な光景が目に飛び込んできた。
パラッパッパッパーとさり気なく撒いている。
おじさん
が、しれ〜っと撒いても、すーんっと撒いても、すずめバトが興奮し騒ぐ![]()
ので撒いた!ってことがすぐにわかる。
こちらがどえらく凝視
し続けているので、おじさんはビクついて![]()
いた。
きっと餌付けしてる![]()
とか何か言われるのかと思っていたのだろう。
おじさん…
こちらは、ただ…
ただ…
この光景を餌に濡れ煎餅を食べたいだけのただの通りすがりのもんですわ![]()
それがわかったのか、おじさん
のビクつきがなくなってきた。
(さぁ、撒け撒け〜)
おじさんが本格的に撒こうとした途端![]()
すずめバトはわかるようで、どこからともなく舞い降りて数が増してきた。
さらにおじさんの肩には5羽ほどハトが留まり、手から直々にパンをもらっていた。
ここまで、人と車に馴れているすずめとハトを見たことがない![]()
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おじさんとすずめバトとの絆を楽しんでいると、遠くからゆるりゆりると猫
が近づいてきていた。
ただの散歩ですよ〜![]()
すずめもハトも別に気にしてないですよ〜![]()
行く方向にな〜んか偶然にすずめとハトの群れができてるだけですよ〜![]()
っと、気にしてなさそで、めちゃくちゃ獲る気バリバリな猫
ちゃんが近づいている![]()
すずめバトは、そんな猫に意識を向けることなく、パンを待っているもの、パンを食べてるもの、男女の出会い場化したこの空間でナンパしまくるもの、と、カオス状態、一種のCLUB状態になっていた。
そんな時こそ、人もすずめバトも、危険が身近に迫るものなのだ…。![]()
いち早く気がついたのは、おじさんだった![]()
おじさんは、静かにゆるく、かつ確実に力強く、猫を追い払った。
しかしそれは、同時にすずめバトを驚かせないようにすることでもあったため、舞踊や盆踊りを踊るような追い払い方であった。
(命を助けているんだ…
笑ってはいけない…
)
猫はとっても名残惜しそうだった…![]()
その背中がとても淋しそうだった…![]()
この猫ちゃんはいったいいつ食べ物を口にしたんだろう…っと思わされる猫ちゃんだった。
それにしてもおじさんは、すずめバトからしたら、きっとこの世で、唯一無二な存在なんだろうなぁと思った。
(猫ちゃんからしたら、厄介な存在だけど…)
おじさん自体は、もしかしたら衣食住を車で過ごしているんではないかと思わせる風貌で、社会からしたら存在を認識してもらえてないかもしれない感じだった。
けれど、視点が変わればいろんな見方で世界が変わり、それぞれ物語があるなぁっと思った。
あれだけの絆を結ぶのには、どのくらいの月日を過ごしたのだろう。
動物の警戒心をあれだけ取り除けるおじさんは、きっとすごい優しくて心が綺麗な人なんだろうなぁっとおもった。
ついつい、人は見える一方向だけで判断しがちで、それがすべてと思いがちだ…。
月は常に同じ面、一方向しか地球に見せていない。
けれど、月は半円でできてない。
円でできている。
もうひとつの半面は、人は一生見ることがない。
一生見ることは出来ないけれど、見えない半面の存在を忘れてはいけないと思うし、見えない半面を想像することや、見ようとする気持ちをなくしてはいけないと思う。
人も見えている一方向だけではなく、見えない部分を、いろんな角度から見ようとする気持ちをなくして欲しくない。
きっと、視点が変わればいろんな見方で世界が変わり、知り得なかった物語を知ることになるんではないかと思った。
こんなことを考えさせられた光景だった。![]()
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