早朝のそら勉強会 2013.4.16
7:30-8:30


















今日は自信満々だったのに、的から外れていたことに気づかなくて、、、、




激チー-ーーン!!!!!!








何がって?






力のなさに苦しんでいます。
















期待とプレッシャーとスピードを求められるから、さらにズドドーーーンと(/_;)/~~
















早く即戦力になりたいのですが、、、、、、泣
































それでは、本題です。








今日は致知からです。




「試練を乗り越えるたびに神様からご褒美をいただいてきました」


山崎比紗子さん








この方はネイルスクールの学院長です。




この方はある紙切れ2枚に出会って変わっていったのです。


ここから生き方が変わっていったのです。










人生で紙一つでも変わる人はいるのです。


それはその人に眠っているだけ。


みなさんにもそんななにかが眠っているだけになっているかもしれませんよ?














soraはライトウォーカーになります!


人を照らしてあげて、導いてあげれる人。




自分のことのように相手を思いやれるそんな人になりたいな。

















早朝のそら勉強会 2013.4.15
7:30-8:30












「子曰わく、学びて思わざれば則ち罔し。思うて学ばざれば則ち殆うし。」








意味


「孔子が言われた。学問を学んでも、自分で考えることをしなければ、真理に近づくことはできない。その反対に考えても学ばなければ、独善に陥ってしまって危険である。


知識は必要であるが、本当に必要なのは知恵である。知識を知恵に高めるためには、考えることである。しかし考えても、考えるばかりで学問をしなければ、独善に陥って危険である。学んで知識を得ると同時に、思索する、そのフィードバックが真理に近づく本当の道である。」


























あーーーーーーーー私に言われてる気がする。。。








実際、今日の勉強会でも論議してたら、、、、、実感するヽ(;´ω`)ノ


わかってはいたけど、スタートにも立っていないなと。。。










日々、戸惑いを感じながら前に進んでいます。


だけど、私はこの会社でよかったと感じています。


3年後にも同じことを言っていたいです。


いや、言えるように頑張ります!










そっそっそんなこんなで、soraのテーマは【知覚動行】


今日の論語勉強会から出たテーマです。




知って覚えて動いて進む。


文字通りですね!笑








走りながら、いろいろ知って、いろいろ覚えて、行動にしようと思います。




























と、ブログを書いていると、soraが大変お世話になっている方が来店されました☆彡






その方と二時間以上も話し込んでいました。


その方の貴重な時間をいただいてお話をさせていただきました。






本当に私の素直な気持ちを気づいたら結構話していました。


その方はその気持ちに対して、アドバイスくれたり、私にわかりやすく説明をしてくれました。


すごく自信がつきました。






悩んでいたものがパーーット吹き飛んだ感じがしました。






私とその方の秘密ごとですが、うさぎとライオンで頑張りたいです!


みなさんに分かりづらいですが、私とその方の秘密にさせてください(*゚ー゚*)














午前中悩んでいた私はさよならです!


私なりに頑張りますv(^-^)v

最近、本屋さんを覘いてみると、○○力というタイトルをよく目にします。



例えば、覚悟力、質問力、仮設力、問題解決能力や継続力などなど・・・。



最近、仕事を通じて感じているのは心の正体は筋力ではないかということ。


心を使わなければ、心の筋力が衰えてしまう。


どんな小さな仕事でも心を込めると仕事に対して思い(心)が強くなること。



仕事を早く楽に終わらすことを考えると、心を使うことをやめて仕事が作業にすり替わってしまいます。


作業になれば誰がやっても同じ結果になって、仕事で人を感動させることはまず無理でしょう。


心を使う仕事量より、作業量が多い人ほど、不思議なことに「忙しい」が口癖になります。


昔の人はよく言ったもので「忙しい」という感じは「心偏に亡くす」と書きます。


忙しい人の仕事に心はこもっていないということでしょうか?





私たちも毎日、お客様のお宅の庭造りを手作りさせて頂いています。


自分が妥協した仕事をすると、すぐに庭の表情に出てしまいます。


仕事に対する姿勢が常に問われる厳しい仕事だと実感する毎日です。



妥協しそうになるといつも自分の心に問いかける2つの言葉があります。



1つ目は施主さんが一生に一度きりの大きな買い物である


住宅や庭について、施主さんより本気で考え悩み抜いているのか?



2つ目に施主さんのこれからのより良い人生のことを考え、悩み抜いているのかを


自分に突きつけ、一つひとつの石や芝に心を込めるようにしています。





Soraの庭造りの職人さんは皆さん、仕事が丁寧で妥協しない庭に対する強い思い(心)を


持った方ばかりで尊敬しますし、そんな職人さん達と一緒に庭造りができることに喜びを感じてなりません。




今年の桜も散ってしまうと、すぐに田植えの季節になりますが、Soraの社員は庭造りを通じて、


これからも自分自身の心田を耕していきたいと思います。






早朝のそら勉強会 2013.4.12




風が強いですね~((((((ノ゚⊿゚)ノ

春の嵐ですか?



山奥の方では雪降ったみたいですよ?

今、4月ですよね?




変な季節ですね。

桜も散ってしまいましたよ。゚(T^T)゚。


これから夏が来ます!

soraは5月からあることに向けて実践をしていきます!

まだみなさんには秘密です。。

絶対に素晴らしいものになりますよ。

私は今からわくわくしておりますо(ж>▽<)y ☆







さーて、論語しますよー。

今日もまた自分自身に知恵を入れていきます。

悔いのないように生きますよー!!!!





「子曰わく、故きを温ねて新しきを知る、以て師と為るべし。」


意味

「孔子が言われた。人の師となるのには、古いことをよく調べた上で、さらに新しき知識や見解も得ていなくてはならない。

古来、人の師となるのは難しく、人格もさることながら、経験や知識が十分に身ついていないと、生徒を指導できない。昔からの伝統には優れたものが多いが、新しい時代の変化も吸収していく、変化に対する対応も身につけていかなくては、よき師とはいえないであろう。」





「子曰わく、過ぎたるは猶お及ばざるが如し。」


意味

「孔子が言われた。物事はなんでもやり過ぎたものは、表面上は盛大に見えるけれども、とくに評価するほどのものではない。「目標に到達しない」のと同じようなものである。

よく遣り手だと言われて鼻高々の人がいるが、遣りすぎると必ずその影に、無理があったり、人を傷つけたり、隙が出来て、破綻の原因となる。やり足すない(到達不足)のも困ったものだが、やり過ぎるのも、それと評価は同じ程度である。何事も中庸、バランスのとれているのがいいのである。」




昔の人は素晴らしい知識だなと実感します。

古い考えとかではなく、今にも役立つことを言っているのです。

今でも変わってないのです。

つまり、根本的な事は昔も今も変わってないということです。



昔の伝統も取り入れつつ、新しい発見も必要!

常に新たな革新を作っていくのです。




soraはまだ成長段階です。

ゴールはありません。

常に成長し続けたいです(^_-)☆




話は変わりますが、、上で出てくる【中庸】とは、白でもない黒でもないということ。

つまり中間です。

このバランスをとれているとはっきり言えますか?

私の仲間の一人は言い切りました。

私は、、、言えません。

言えるようにはなりたいですね(x_x;)





みなさん、一緒に頑張りましょう!!!!!




早朝のそら勉強会 2013.4.11




【学級崩壊のクラスをこうして再生させてきた】

小学校教諭の菊池省三さんが語っています。



この方はクラスの状態がひどくても、立ち直させる取り組みをしてきた方です。

どのように取り組んだかと言うと、褒めてあげたのです。


みなさんは褒めるという行為を自然にできますか?

普段、誰かに褒めてあげれていますか?

誰かに褒めてもらっていますか?


私は簡単なようで難しいことだと思います。


人は褒められると嬉しい、褒められるともっと頑張ろうと伸びます。

それは子供はもちろん、大人も一緒だと思います(*^▽^*)



ですが、褒めるという行為を普段から感じることはありますか?

私は叱るという行為の方がよく聞きますし、感じます(ノ_-。)



なぜなんだろう?





答えが今の私には出すことができません。。

仲間と一緒にまた話し合いたいと思います。。







それと、これは菊池さんの先生の言葉ですが、「知恵のない者がいくら知恵を絞っても何も出てこんだろう。じゃあどうすればいいんか?知恵を入れんとダメだろう。そのためには人に会って話を聞くか、本を読むしかない。」と。




soraでの意見。

自分が体験して知っていく。

子どもに愛を持って何度も何度も教えてあげる。

恥じない生き方をしよう。

研究していかなければより良いものは作れない。

実践が必要だと思う。



やっぱり自分自身が見本にならないとどんだけ伝えても伝わらない。

そう思うのです。


soraは見本になっていけるように研究者になります。

いろんな研究をして知恵をつけて伝えていきたいと思います(ノ^^)八(^^ )ノ









頑張りますので、応援よろしくお願いします!

先日、手にした本を読み進めると文章の中に「一所懸命」という言葉が出てきました。




あれ?「一生懸命」じゃないの?誤字?と思いながら、「一所懸命」を調べてみると、その語源に登場するある人との出会いがありました。





「一所懸命」が生まれたのは鎌倉時代末期とのこと。

面倒くさいことになってきたと思いながら調べを進めていくと、

鎌倉時代の武将、楠木正成に出会いました。





鎌倉時代は文永の役、弘安の役と2度もモンゴルのフビライハンが日本に攻めてきたそうで鎌倉幕府は何とか勝利したものの、幕府の財政は悪化し、家来達も幕府の為に命がけで戦ったにもかかわらず、新たな土地を分け与えることができませんでした。





日本国内の戦いであれば家来に勝ち取った敵国の土地を分け与えることができるのですが、モンゴルに勝っても、モンゴルの土地を分け与える訳にもいかず・・・。





生活するためのお金に困った家来たちは高利貸しから借金をしても返済できず、

自分の土地を手放すものも現われ、幕府の権威が失墜していきました。





とうとう1331年、鎌倉幕府打倒を目指して後醍醐天皇率いる軍勢が京都で挙兵しますが、この時、多くの武将は鎌倉幕府軍の巨大な軍事力に恐れをなして、倒幕勢力に加わる者は少なかった。

その少ない武将の中に当時37歳の楠木正成の姿がありました。





楠木正成は劣勢の中、最後まで自陣の勝利の為、後醍醐天皇に忠誠を守り抜き、

鎌倉幕府を倒してしまいます。





この楠木正成の主人への忠誠を守り抜く姿勢がその後、明治時代まで日本人の美学と称され、新渡戸稲造が手掛けた著書「武士道」の思想への繋がっていくことになります。





残念なことはその後、日本は太平洋戦争で敗戦国となり、GHQによって楠木正成の存在を歴史教科書から除外してしまいます。国に忠誠を誓い勇猛に戦う彼のような存在はアメリカにとって脅威でしかなかったのでしょうか。





武士が一所に命を懸ける”の一所懸命ということでしたが、江戸時代後期、たまたま「一所」を「一生」と取り違えられ、「一生懸命」という言葉が生まれ、誤用のまま長らく使用され定着してしまい、現代では「一所懸命」より多用されています。








武士とサラリーマンは立場的にはよく似ています。幕府に忠義を尽くす武士、会社に尽くす社員。

しかし、会社の経営状態が悪くなったり、他に労働条件の良い会社があると移ってしまう。そうなると「一所懸命」とは言えなくなります。






会社で言えば、経営理念から逸脱することなく心を留め、信じて忠義を貫くことは難しいことだと思いますが、楠木正成のような人がいたことを忘れず、真似していきたいと思います。










最後に室町時代の軍記「太平記」に楠木正成をこう評しています。

「命をかけて善道を守るは、古より今に至るまで正成ほどの者は未だいない」









































早朝のそら勉強会 2013.4.9








「子曰わく、

学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。人知らずして慍みず、亦た君子にならずや。」


意味

「孔子が言われた。学問を学んで、時おり復習するのは、なんとも心うれしいことである。親しい友達がいて、わざわざ遠くから訪ねて来てくれるのは、なんとも楽しいことである。自分がしっかりしていれば、他人が理解してくれなくても、わたしは一向に気にしない。これが君子というものではないだろうか。

論語の冒頭を飾る不朽の名句であり、学問と朋友が、かけがえのない大切なものであることを高らかに謡っているのである。」



「子曰わく、巧言令色、鮮なし仁。」


意味

「孔子が言われた。口がうまくて、にこにこ笑ってお世辞がうまい人は、いい人のように見えるが、それは表面だけで、実際は仁徳がほとんどない人が多いものである。

仁とは一口に言えば、人に対する思いやり、やさしさのことである。人は誰でも成長するにつれて、孔子のこの言葉が本当だと悟るようになる。もちろん、話し上手で笑顔を絶やさぬ仁徳の厚い人も確かに居るが、そのような人はあまり多くないのが現実であるから、注意しなくてはならない。」








soraではこの論語を読みこんな意見が出ました。

理念に距離は関係ない。

自分を作っていかないと出会えない。

学び直し続けるのが人生。

自分自身で志しを持っていれば必ずしも来る。

遠い目的地に行こうとしたら同じ電車には乗れない、いろいろと乗り換えてみないとわからない。





人と人が出会うのには絶妙なタイミングでなにかの意味があって出会うべき人。

この人と出会ってよかった。この人とは出会わなければよかった。

どちらにも意味があること、出会わなければわからなかったこと。

全てに意味があります。


お客様と出会えるのも意味があり、

そのお客様の庭を造らさていただくのも意味がある。


その素敵な出会いをsoraは大切にしたい。






良いことを伝えるだけではなく、失敗も伝えていきたい。

隠さずにそのままのsoraを知っていただきたい。



早朝のそら勉強会 2013.4.8





コーヒー飲めるようになりたいな。

どうしても苦くて飲めません。

私の仲間が毎日コーヒーについて追求しています。

私も飲めるようになったら、一緒に味わえるのかな(ノ_・。)





よーし!


本題に入ります。


本日のメニューは、、、、、、ではなく、本日のテーマは致知三月号より

「経営に特効薬はない 現場での実践こそすべて」

広島市信用組合理事長の山本明弘さんのインタビューです。




この方は22歳の時にシンショー(広島市信用組合)に就職して、最初は窓口に座っていたそうです。一年後、営業を安易に考えていたみたいで営業に回らさせてもらったみたいですが、獲得0が毎日続いていたみたいです。

そしてある時に、ふと気づいて「そうか、融資とはお金を貸すことではない。お客様に使っていただくことなんだ」と。

そのことに気づいてから不思議と成績が伸びるようになったそうです。


この人のすごいところは、理事長に就任してからも現場主義でフェイス・トゥ・フェイスを続けているのです。

理事長本来の経営業務もあるから、時間のやりくりは大変だったようです(;^_^A

しかし、自分の足で現場に行ってみると、いろんなことがわかりますし、行ってみなくてはわからないことがたくさんあります。

悩んだら現場、現場に答えがある。





soraのスタンスと似ていますね。

soraもお客様を大事にしよう!現場を大事にしよう!


毎日のように現場に足を運び、仕上げも自分でする!

お客さも職人も大事にしよう。


基本は現場、現場に出ないとわからない!


soraはお客様の大事な現場に足を運ぶ(b^-゜)


このスタンスはずっと変わりません!!!!!!!

朝の勉強会

子曰く、「吾 十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順い、七十にして心の欲する所に従いて矩・のり・を踰えず」。

(意味)

孔子は言う、「私は15歳で学問に志した。30歳で自信がつき 自立できるようになった。40歳で心に惑いがなくなった。50歳で、天の使命を自得・知り得る・ようになりました。60歳では、耳にどんな話が聞こえても動揺したり、腹が立つことは なくなりました。70歳になると、自分が行うすべての行動は、道徳の規範・きはん・から 外れることはなくなった。」

若輩者のそらスタッフは毎朝、お店を開ける前に朝の勉強会を実施しています。

今回も論語を教材に勉強会を開きました。

今回の論語では、論語の中でも特に有名な教えですが、自分の人生に置き換え、会社の現状に置き換えながら、今やるべきことは何かを話し合い共有しました。

2500年前に残された教え、人類の財産をこれからも一つひとつ大切に学び、そらの庭造りに活かしていきたいと思います。

私たちは庭しか造ることができませんが毎日、庭造りができることに感謝し、そらの理念から逸脱することなく、心を込めた仕事をすることでそらの天命を全うできれば幸せなことです。

儒教の祖、孔子先生が生きていた時代、日本は原始、縄文時代ですので、その当時の中国の精神性の高さには驚愕します。




早朝のそら勉強会 2013.4.6





本日も勉強会しましたよー!!!

朝7時半からやっておりますヾ(@°▽°@)ノ

みなさん、一緒にやりますか?笑







勉強してると言っても、今日で4日目です(;´▽`A``


三日坊主は抜けました!あは


すみません、、言いたかっただけです。。







さてさて、本題です。

赤ちゃんはどうして産まれてくるときに「オギャー」と泣くか知っていますか?



死ぬときに息を引き取ると言いますよね?


【息を引き取る=息を吸う】



死ぬときに最後に息を吸うらしいのです。



その息を生まれ変わってきたときに吐くから赤ちゃんは「オギャー」というそうです。






偉そうに言ってますが、私も今日知りました。ヽ((◎д◎ ))ゝ





こういうふうに私のように知らない人もいると思います。

私は自分が感動したことをみなさんに伝えていきたいと思います(*^ー^)ノ