こんばんは。
Team-K副代表の安斎です。
薫風緑樹をわたる季節となり、お健やかにお過ごしのこととお喜び申し上げます。
さて、今回は地元のお祭について書かせて頂きます。
長くなりますが、是非ご一読下さい。
今回、我々Team-Kは「木更津赤い橋の音楽祭」に様々な形で携わらせて頂く事になり、色々と取り組みを行わせて頂きました。
(*イベントホームページはこちら。)
クリーンアップ大作戦やブース出展、ボランティア業務などなど。
関係者の皆様のご理解とご支援、ご支援くださる皆様のご協力の賜です。
当団体は、震災をきっかけに2011年3月に発足した団体でありますが、東北での活動をしている中で、「地元を愛する気持ち」を感じ、自分たちの地元のことをたくさん考えるようになりました。
日本人、それぞれが生まれ育った故郷があり、大切にしていくことがふるさとへの恩返しになると考えています。
それを最初に形に出来たのが、2013年にTeam-Kが主催となって開催したイベント「all out attack2013」でした。
当団体代表の石原のオファーにより、Hi-STANDARDのKen Yokoyamaさんをお呼びして大成功することが出来ました。
木更津に初めて来た方も多数いらっしゃり、地元活性化に向けてとても大きな手ごたえを感じることが出来ました。
それ以降も、東北へ行って様々な活動をする中、地元へ何かしたい、何か恩返ししたい、培ったものを地元に還元したいと強く思っていました。
木更津市は、あさりや魚介類がとれる豊かな海と、緑豊かな山々を併せ持っています。
戦時中は軍港として重要港となり、軍関連施設も多く、軍都として発展してきました。
戦後は、高度経済成長期とともに、商業誘致、宅地開発が盛んに行われ、商業都市として生まれ変わりました。
バブル崩壊後は、全国的に打撃をうけ、木更津市も不況に陥ります。
その中でも木更津の心は受け継がれ、「やっさいもっさい」「木更津甚句」など多くの文化も地元に根付いております。
1997年にアクアラインが開通され、多くの方が、木更津に足を運べるようになりました。
気志團が木更津の名前をさらに有名にしてくれました。
そしてドラマや映画などの撮影地としても活用されています。
中でも「木更津キャッツアイ」など記憶に残る作品もあります。
市政70周年を迎え、今では人口も増え続け、古き良き伝統と新たな力を結集させ、再興に向け、動き出しています。
私自身も木更津市内の学校で勤務をしていて、子供たちと一緒に木更津の未来を日々考えています。
そのような中で「木更津赤い橋の音楽祭」が今後の木更津の文化の中核を担っていくことになります。
今日まで、様々なイベント会場にて告知をさせて頂きました。
改めて御礼申し上げます。
誠にありがとうございました。
アラバキロックフェスにてMONGOL800キヨサクさんと。
1点からでもOKです。ブースへ直接お持ちください。
○宮城県南三陸町の仮設に住むお母さんの手作り雑貨販売(1つ500円。石鹸、バスボム、たわし)
⇒売上全額を作成したお母さんへ。
○ワークショップ~ギターピック作り~(1つ500円)
⇒売上全額を東北の子供達へ贈る花火購入資金へ
○3.11の様子と東北の現状を伝える写真展
○農樹×Team-Kコラボ米の販売(600g500円)
⇒1袋お買い上げ毎に1Kgのお米を東北へ!






































