今月末に、10数年ぶりに高校の同窓会があります。
しかし思えばこれまで、「同窓会」というものに縁が薄かったような気がします。
小学校の同窓会は、一度も開催されていません。小さな田舎の学校だったので、我々の世代では一学年で1クラスしかなく、良くも悪くもずっと同じメンバーで過ごしてきたのですが、同窓会を開いたことはありません。
中学の同窓会は、一度開催されたのですが、その頃自分は上京して新聞配達をしていたため、休みが取れず参加できませんでした。
そしてそれ以降一度も(自分が知る限り)開催されていません。
大学の同窓会は、あれを同窓会というかどうかはわかりませんが、4年生の時の同じゼミの仲間たちと卒業後もしばらくはみんなかなり仲良くしていたため、よく飲み会をやっていました。しかし考えてみればゼミの担当教授を招いたことは一度もなかったので、「同窓会」とは呼べない会だったような気がします。
ただ、残念ながら今では連絡の取れる人は皆無です。
そして自分の場合はやはり、高校の同窓生が一番馴染みがあります。
なので、こうして高校の同窓会が、卒業後長い時間を経た今でも開催されるのはとても嬉しいことです。
いろいろな人の話を聞いても、「高校の同窓生が一番付き合いが長続きしている」という人が多いような気がします。
なぜ、高校の同窓生が(最終学歴が大学や大学院、専門学校等の人も含めて)一番馴染みやすく付き合いが長くなる人が多いのか、興味深いところです。
自分の場合は明確です。
高校時代が、もっともその学校もしくはクラスに対する所属意識が強かったからです。
高校では普通科ではなく、「情報技術科」という、コンピュータのソフト・ハードを専門に学ぶ学科を選択しました。それはもちろん、それをやってみたかったから選択したのでした。
つまり、自分の意志で選んだ道だったので、やる気も充実していましたし、やりたいことができる環境だったので、楽しかったのです。
楽しい環境で共に過ごした仲間が馴染み深いと感じるのは、当然とだと思います。
また、中学時代までは、住んでいる地域が同じでかつ同じ年齢であるというだけで、本当にいろいろなタイプの人が同じクラスに集まっていたかと思います。
学力ももちろんバラバラだったと思いますし、目的意識も人それぞれ(もっとも中学生の段階で長期的な目的意識が明確な人というのもそれほどいなかったと思いますが。。)だったと思います。
そういうバラエティに富んだ人達の集団に対して強い所属意識を持つのは、自分に近いタイプの人が集まっている集団に対して持つよりも難しいような気がします。
しかし、「同系統の目的意識を持ち、近いレベルの学力を持った人が集まっているから」ということが、もしも所属意識を強くする要因なのであれば、大学や専門学校はさらにその意識が強くなってしかるべきではないかと思います。
それでも、高校の方が、大学や専門学校に比べて所属意識が強いという人の割合が高い理由は・・
おそらく、大学や専門学校の学生時代というのは、学校以外に所属している集団がある人が多いからではないかと思います。多くの人達は、学校にいる時間以上に長い時間をバイトに費やしたり、学業と関係のないサークル活動に没頭したりしてきたのではないかと思います。
また、大学の場合、(今は違うのかも知れませんが、)3年次までに必要な単位をすべて習得すれば、4年次は週一回、ゼミのある日だけ学校に来て、卒論をまとめるだけで卒業できるので、「この学校に所属している」という意識が薄かったように思います。
さらに、高校のような「クラス」という概念が存在せず、どの時間にどの単位を修得するかは各個人で計画を立てて履修するため、「一人で大学に来ている」という感覚が強かったように記憶しています。
もちろん、特に一年生の時は、同じ学部・同じ学科の人は大体同じような履修プランになりますし、座る席にも大体傾向があるものなので、まるでクラスメイトのように毎日顔を合わせる人もできてくるものだと思いますが、それでもやはり、高校時代のような近さは感じにくかったような気がします。
だから、今度の高校の同窓会はとても楽しみです。
ひょっとしたらあまりにも皆変わりすぎて、昔のクラスのような雰囲気は感じられないのかも知れませんが、それでも昔机を並べた仲間であることには変わりはないので、変化を楽しむこと・変わらないことを楽しむことのどちらにしても素晴らしい機会になることは間違いないと思います。