「人間は年を追うごとに、時の過ぎるのを早く感じるようになる」とよく言われるかと思います。
幼かった頃は1年が経つのが長く感じたのに、年を取ると1年があっという間に感じる、というような現象です。
最近、そのことを痛切に感じることがありました。
それは、古いOSと新しいOSの使用期間が、記憶と現実の間に大きなギャップがあったことに気がついた、ということです。
というのも、気が付いてみると、Windows7 はまだ使い始めてそれほど時間が経っていないような気がしていたのですが、よく考えてみるともう3年も使っています。
Windows7 のBeta版がリリースされたのが確か2009年の初めくらいでしたから、それから数えると確実に丸3年経っていますし、製品版で考えても、リリースされたのが2009年10月22日でしたから、2年2カ月くらい経っています。
もちろん自分の場合、Beta版からずっと使っていたので(しかも朝から晩まで毎日(笑)、)3年以上使っていたと言えるかと思います。
一方、MS-DOSやWindows3.1は、ずいぶん長く使っていたと記憶していました。
Windows7の使用歴が3年というならば、MS-DOSやWindows3.1はそれぞれ5年くらいは軽く使っていたという感覚でした。
MS-DOSは本当に使い込んでいたので、5年どころかもっと使っていたような気がしていました。
使っていたバージョンだけでも、Ver3.1からはじまってVer3.3、Ver2.11(ノートPCの登場により、軽いOSに逆戻り)、Ver5、そしてDOS/V時代に入ってからのVer6.1とVer6.2と実に多数のバージョンを使っており、各バージョンを1年ずつ使っていたとしてもそれだけで5年以上になります。
実際にMS-DOSで行っていたことも実に様々でした。
教師になってまず最初に覚えたことが、MS-DOS + 一太郎 で文章を作成することでした。授業で使用するプリントや試験問題を、一太郎を使用して年間で軽く100枚以上作っていたと思います。
一太郎のバージョンも、動作の軽快だった一太郎3からはじまって、EMSメモリを活用した一太郎4、ハードディスクへのインストールが必須となった一太郎5まで、MS-DOS + 一太郎 を使っていました。
ただ、一太郎本体は一太郎4の頃からあまり実用的ではない(重すぎる)と感じるようになり、ATOKは使い続けていたものの、ワープロソフトとしては「ジーズワードJG」というソフトに乗り換えていました。
C言語でのプログラミングを覚えたのもMS-DOSを中心としてのことでした。
TURBO-CというC言語コンパイラから入って、途中でマイクロソフト社製のMS-Cコンパイラに乗り換え、安定していたVer4.2、IDEが搭載されたVer5.1、C++をサポートしたVer6.0、そしてWindowsアプリの開発もサポートしたVer7と、最後まで使い続けました。(Ver7以降はVisual C++になりました)
Niftyでパソコン通信を開始したのもMS-DOSの時代でしたし、フリーソフトを作成して世間に公開したりしていたのもその頃でした。
ノートパソコンが出始めた(NECさんの98NOTE等)のもMS-DOSの時代でしたし、CPUが32ビットのものが出回るようになってからも、16ビットOSだったMS-DOSを使って、DOSエクステンダという技術を使用してメモリ領域を拡張して使用したりしていました。
・・そのように、MS-DOSは本当に使い込んでいたので、どう少なく見積もっても5年以上、直観的には8年以上使っていたように感じていました。
しかし、実際に計算してみると、MS-DOSを使用していたのは3~4年程度だったのです。
また、Windows3.0とWindows3.1も、合わせて軽く5年以上は使っていたと思っていました。
Windows3.1は、マイクロソフトさんが初めて自社でパッケージソフトとして発売を開始したOSでもありました。(それまでのMS-DOSや、Windows3.0までは、もちろん基本的には「Microsoft製」ではありましたが、パッケージはNECさんやエプソンさんなどが行って、また、NECさんやエプソンさんの独自の機能を追加したりして発売されていました。)
自分の場合、実は早い時期から「マルチタスクOS」に対する思い入れが強かったため、Windows3.xには随分入れ込んだのでした。
今でこそ誰もが当たり前のように、クリップボードを経由して複数のアプリ間でデータをコピーしたりしていますが、MS-DOSではシングルタスクだったためそういうことはできませんでした。
Windows3.0はMS-DOSのアプリケーションを複数同時に起動できるというだけでも大きなメリットがありました。
また、Windows3.1の時代にインターネットが浸透し始めたため、自分の中のインターネットデビューも、Windows3.1の時代でした。
Windows3.1を快適にいつでもどこでも使いたいがために、この時期に2回ThinkPadを購入しました。
デスクトップPCは、もう数えることができない台数をこの時期に作っていました。というのも、「DOS/Vマシン自作」という概念が生まれたのもこの時代で、物作りが大好きな自分がそんな面白いことに手を出さないわけもなく、数々のパーツに手を出し、いつの間にかPCケース以外は全部別物(つまり別のPC)となっていた、ということも何度もあり、何台のPCを作ったのか、数えるのが困難だったのでした。
また、この時期に他人から依頼されてPCを作ったことも何度かあり、一体何台のPCを組んだのか、もうわけが分からなくなっていました。
また、Windows3.1の時代は「OSの戦国時代」と言われる時代でもあり、Windows以外にも、IBMさんのOS/2や、フリーのLinux、あのジョブズ氏が関わったNext Step等が選択できる状況だったため、マルチブート環境を作ってあらゆるOSを使いまくっていました。
そのような中で、PCにかかわっている時間も非常に長く、Windows3.1の時代も自分の中では非常に長く感じていました。
ところが、これも実際に換算してみると、なんとたったの2年程度だったのです。
つまり、MS-DOSやWindows3.1を使っていた時期は、内容が濃かったと考えられ、一年あたりに経験したことが極めて多かったのだと考えられます。
対して、Windows7を使っている今の時期は、あまりテクノロジーにフォーカスしてPCを使っていないため、体感的な期間が短いのではないかと考えられます。
もっともそれは、決して悪いことではなく、Windows7ではOSが安定しているため、以前のように「やれ、ナントカDLLを入れたら不安定になった」とか「やれ、グラフィックボードを交換したら何も表示されなくなった」といったことが少なくなり、あまりOSに対する意識が向けられることが少なくなって、結果「Windows7を使っている」という意識が薄くなったことが原因の一つであるとも考えられます。
ただ、自分のようなテクノロジーマニアの観点からすると、それは正しい流れであることは理解していても、なんだかつまらないという気持ちもあり、少しさびしくもあります。
しかし、だからと言って以前の状態が良かったということではなく、今のようにOSが安定している時代の中にも当然高い技術力が必要なエリアも数多く存在していると思います。
そういう部分に対してどういう形で自分の力を入れることができるのかを自分で考えて、行動していくことが必要なのだと思います。