脳内のフィルター | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

今日は久しぶりに、大先輩とランチに行きました。
時間もあったので話題は多岐にわたり、有益な話を沢山伺うことができたのですが、最も印象に残った話は、脳の中のフィルターの話でした。

ご存知のように人間の脳は、人間らしい思考をするための大脳と、感覚や運動を担当する小脳などの部分を中心に構成されています。
そして、5感(視覚や聴覚など)から入った情報は、最初に小脳などの部分を通り、それから大脳へと転送される、というメカニズムになっているようです。

そして問題の「脳の中のフィルター」は、その小脳系から大脳へと転送される段階で働くのだそうです。
小脳のレベルでの判断によって、「これは必要な情報である」と判断されれば大脳へ届きますし、「必要ない情報である」と判断されればそこで捨てられてしまうのだそうです。

たとえば、「この人は自分に害を与える悪い人である」というように、自分の深いところに刻み込まれた記憶があるとすると、それが「脳内のフィルター」の一部となり、その悪い人が話す話は大脳に届く前に消し去られてしまう(=まともに思考されることなく、反射的に避けられてしまう)というようなことがあるかと思います。

これはどうやら、大脳の使用効率をより高めるために、不必要な情報を事前にカットするようにしたという、高度なプロセスの導入の結果によるもののようです。

しかしながら、その高度なプロセスを導入した弊害として、そのフィルターがあることによって本来は有益な情報が5感から入ってきていても、大脳まで届いていないことがある、ということになります。

確かに、思い返してみれば、例えば学生時代に、自分の嫌いな先生の授業は内容が全く入ってこなくて全然身につかなかったのに、自分の信頼する先生の授業は記憶にもよく残っていたり内容が身についていたりした、という体験は、誰にでもあるのではないかと思います。それはまさに、脳内のフィルターの弊害といえるかも知れません。


問題は、この脳内のフィルターを、意図的に制御できるかどうか、だと思います。
もしも制御することができたならば、これまでは大脳に届けられることなく排除されていた有益な情報を、拾うことができる可能性があります。

しかし普通に考えれば、このフィルターを意図的に制御することはかなり困難だと思います。我々が意識して制御できるのは基本的に大脳系に限定されていると思いますが、残念ながらこのフィルターは大脳に届く前に働くもの、つまり意識して制御できる範囲にはないものということになります。

それでも、フィルターを制御できる可能性はあるかと思います。
仏教の修行などにもありますが、大脳の制御できる範疇をこえて制御する - 例えば感情を完全に打ち殺したり、生理的欲求にも屈しない制御能力をトレーニングしたりするような世界があると思います。
簡単ではないと思いますが、そういった「大脳の領域を超えたトレーニング」の中に、脳内フィルターを制御するヒントがあるのかも知れませんね。