この話は以前、同僚の方から教えていただいたのですが、大変説得力のある話で役に立つ話だったので、ぜひここでも紹介させていただきたいと思います。
我々が日ごろ、頭の中で思っていることは大きく二つに分かれると言われています。
「事実」と「ストーリー」です。
「事実」とはすでに起こったことや、確認の取れていることです。例えば「今日は朝寝坊して家を出るのが遅れた」「うちは3人家族である」というような、既に確定していることは「事実」になります。
一方「ストーリー」とは、そうなるだろうと思われること、想定・予想されることです。例えば「たぶん今朝は上司は怒っているだろうな」とか「あの人は今頃きっと気を悪くしているに違いない」といったようなことが「ストーリー」、すなわち「作り話」です。
我々が日ごろ思ったり考えたりしていることは、ほとんどが「事実」と「ストーリー」の組み合わせだと言われています。
例えば「今日は朝寝坊をして家を出るのが遅れた。きっと、会社に着いたら上司は怒っているだろうなあ」というようなことを思った時、前半は「事実」、後半は「ストーリー」ということになると思います。
そして、頭の中で思い描く「事実」と「ストーリー」の比率は、圧倒的に「ストーリー」の方が多いわけですが、問題は、多くの場合人間は「事実」の重さと「ストーリー」の重さを同一にしてしまう、ということなのだそうです。
例えば先の例で、「今日は朝寝坊をして家を出るのが遅れた。きっと、会社に着いたら上司は怒っているだろうなあ」と思った時、前半は確かに確証の取れた事実ですから、確かです。しかしながら、後半の上司が怒っているだろうという部分はストーリー、つまり想像の域を越えていません。そして世の中、自分の頭の中だけで想像しているよりもずっと、いろいろなことが起こり得るものです。ひょっとしたらその上司は今日は風邪をひいて休んでいるのかも知れませんし、朝一番で緊急の案件につきっきりになって部下の遅刻など目に入らない状態になっているのかも知れません。いずれにしても、自分が想像できるストーリーよりもずっと多くの可能性を、世の中は秘めているはずです。
したがって、自分の作った「ストーリー」を信じすぎてしまうのは、ちょっと早とちりでは?ということになるかと思います。
さらに我々人間は、「ストーリー」を最終判断の基準にしてしまうことがあるように思います。
例えば、新しい家電などを購入するとします。
「以前、○○製のテレビを買ったら操作性が良かった。だから今回も○○製を選べば、きっと操作性がいいに違いない」
というような判断基準で購入に踏み切ってしまう人は決して少なくないように思います。
しかし、実際に買ってみたら、その製品に大幅な仕様変更があったため操作性ががらりと変わって、自分には使いにくかった、というような失敗もあると思います。
これは典型的な、自作の「ストーリー」を最終判断の基準に使ってしまったために起きる失敗だと思います。
もしも事前に、「きっと操作性がいいに違いない」というのは「事実」ではない、自分で立てた「ストーリー」に過ぎない。だから、これが「事実」であるかの確証を取るまで購入は控えよう、というように考えて、実際に量販店などに出向いて操作性をチェックして、「事実」を把握したうえで決断するようにすれば、失敗は減るのではないかと思います。
したがって、物事を判断するには、まずその判断基準が「事実」なのか「ストーリー」なのかを明確にするのがコツなのかも知れません。
「このPCの新モデルは、ブルーレイドライブがついているから、これを買えば今後はブルーレイのソフトが楽しめる。よし、購入しよう。」・・これは「事実」を元にした判断です。
「このPCの新モデルは、まだ実際に触ったことはないけれど、写真で見ると軽そうだ。よし、購入しよう。」・・これは「ストーリー」を元にしたリスクの高い判断です。
もちろん、「事実」を知ることができないまま決断をしなければならないことは多々あると思います。いや、むしろそういうことの方が多いと思います。
そういう場合であっても、今自分が「事実」を元に決断しようとしているのか、「ストーリー」を元に決断しようとしているのかをよく意識して、「ストーリー」を元に決断をしなくてはならない場合には後で変更しなければならない確率も高まることを理解したうえで決断するのがいいように思います。
実際には、なかなかそのように冷静になれないこともあるのですが。。