これは、随分昔に前の前の職場の先輩だった方が言っていたことでした。
しかしこれは、人間の本質を示していると思います。
人間というのは原則的によりよい生活、よりよい人生を目指して生きているわけですから、生活のレベルを上げることに苦痛を覚えることはあまりないと思います。
しかしながら人間は「現状に慣れていく生き物」でもあるので、上がった生活のレベルに対して特別な喜びを感じるのは一般に数カ月程度なのだそうです。
それ以降はその生活レベルが自分自身のスタンダードになってしまい、特に嬉しいことでもなんでもなくなってしまうようです。
また、昔の日本は一般的に年齢を重ねることに収入が増え、それに伴って生活のレベルを上げていくことが常識的なことという、暗黙のルールのようなものがあったように思います。
しかし、例えば会社をクビになってそれまでの収入が保てなくなったりしても、それまでの生活レベルを維持したいがために、返済できる見込みのない借金をしたり、一攫千金を狙ってギャンブルに投資したりする人が後を絶たないのかも知れません。
さて、自分の場合はやっぱりどこか変わっているのか、生活のレベルを下げることがそれほど苦痛ではなかったのです。
18歳で一人で上京してきた時から今日までに、実に15回も引っ越しをしてきました。
その中には当然生活のレベルが下がる引っ越しもありました。
時には床の腐った、日中でも全く日の当らない、築30年4畳半風呂なしトイレ共同、害虫・ネズミ同居という物件に住んでいたこともありました。
しかしそれでも、そんなレベルに落ちても、大して苦痛ではありませんでした。
引っ越しをして、新しい地域を知り、新しい生活が始まることは、自分の気持ちを前向きにしたり、新たな出発点に立てたりと、気持ちの上でいい影響を与えられることがたくさんあったからだと思います。
しかし。
一番最近の引っ越し・通算15回目の引っ越しで、初めて生活のレベルが下がったことが苦痛に感じられました。
もちろん、引っ越す前に多数の物件を見て、ここならいいだろうと思って自分で決めました。
したがって、間取りや場所には問題はありませんでした。
問題は、洗面台・トイレ・キッチンといった、実際に使って生活しないと本当の使い勝手がわからない部分でした。
例えばキッチンなどの水道のハンドルですが、これまで住んでいた所のものは以下のような感じで、上下に可動するものでした。
ところが今回の物件では、左右にねじって開閉するタイプ(要するに古いタイプ)のものになっています。
引っ越し前は、「そんなものはどちらでもいい」と思っていました。要するに水が出ればいいと思っていました。
しかし実際に住んで使ってみると、すごく使いにくく感じたのです。
どうやら意識しないで 良いものを使い続けているうちに、自分の中の標準が変わってしまったようでした。
もちろん他にも似たような問題が多数ありました。
なぜ今回に限って生活のレベルを下げることに苦痛を感じたか、ということですが、おそらく同じ町の中で引っ越したからだと思います。職場も変わらないし、利用するスーパーや最寄りの駅も全く同じなので、「新しい街にやってきたことによる気持ちの変化」がないまま、単純に住環境のレベルだけが下がったことになります。
そういうパターンは今回が初めてだったので、違う感覚を持ったのだと思います。
それでも人間やっぱり「慣れるもの」のようです。
最初のうちはキッチンや洗面台やトイレに行くのが嫌で嫌で仕方がなかったのに、最近は何も感じなくなってきました。おそらく近いうちに、今の状態が自分の中のスタンダードになるのだと思います。
でもやはり、またいつか、新築分譲マンションに引っ越したいですね。