私が、選挙に関わるようになったときはバブル崩壊によって経済はどん底で、その対策に追われていた時代

 

その時、すが代議士が仰られていた言葉

「必要なことを必要な時にするのは当たり前だろ?将来の為に必要だと思うことを、今しようとすると色々叩かれるけど、それでも信念をもって貫くのが実行力だと私は思う。」

なんて話を聞かせて頂きました。

 

その後も、何かの機会で雑談をしていて「○○はやらないとダメだと思わないか?」などと訊かれ「私も、そう思います。」などと話していたことが数年後に形になる。

 

有言実行の政治家というものは雑談の中でも必要だと感じれば形にするのだと、私が政治家としてというより、一人の人間として、すが代議士を尊敬するようになった瞬間だったかなぁ・・・。

 

それまでは政治家嫌いで、通っていたので、こんな自分になるとは思っていませんでしたね。(笑)

京アニ放火事件の被害者10名の名前が公表され、遺族、関係者の了解が取れ次第、更に名前を公表すると警察が発表。

 

他人の人権を侵害した加害者、特に人権を奪った加害者は抑止力という意味合いからも、人権侵害には人権侵害という罪刑同等という意味合いからも加害者の名前を公表するのは理解できるが、被害者の名前の公表は必要なのだろうか?

 

遺族関係者に公表の了解を取るのではなく、遺族関係者が公表を求めた時にのみ取材及び公表が出来るようにするくらい厳しくしても良いのではないだろうか?

 

多くの犯罪被害者や、その家族が、マスコミの取材に対して抗議に姿勢を示したり、取材の抑制を願ったりしていることからも、名前の公表の手順や、被害者の個人情報の保護を見直し、加害者の人権より被害者の人権が優先されるような法制度を整備するべきだと思う。

 

重ねて言うが、被害者の氏名公表が必要な理由を教えて欲しいし、それが納得出来るものであることを願う。

京アニ放火事件

 

動機の解明が待たれるといのが、マスコミの常套句

 

正直、動機の解明に、どれほどの意味があるのだろうか?

 

この事件は、私怨とかのレベルでは無く、テロと同じでしょ?

 

テロリストには動機というか主張があるが、その主張が伝わったとして何が出来るのか?

人権を無視するような対応を除外して、相手の動機に寄り添えばテロが未然に防げるとでも?

 

法というルールを守るという前提を無視して、社会情勢や経済状況、相手のことを考慮することなく自分の主張だけを通そうとする輩は、自らの主張がルールを守っては通らないことを自覚しているから、非合法な行動に出ている。

 

世界中に虐げられている人は数多くいるし、そこから立ち上がり、革命という名の紛争で自由を手にした独立国も多いが、武力を行使した段階でテロとの差は無いに等しい、勝てば官軍負ければ賊軍でテロリストの烙印が押されることからみても明らかだろう。

 

その例が、反政府武力闘争であり、爆弾テロ、そして今回のような放火殺人、また、地域での迷惑行為や、近隣への嫌がらせ、なのではないだろか?

 

このような輩は規模の大小や主張の内容を問わなければ、どこにでもいるということなのだろう。

 

逆恨み個人レベル、でのテロリストなどは、そこら中にいるのだから、自己防衛と対抗する法制度を整えることを本気で考えるべきなのだろう。

 

それと同時に、大国のエゴや経済的利益による人権弾圧や民族弾圧を解決するルール作りと、それを有効に機能させるためのバックボーンとなる公権力を作らなければ、テロは無くならないというのは理想的過ぎるな。

 

いつでも、被害にあう可能性があると思って、防犯に心がけるしかないということなのか・・・。