一般人がSNSで批判するのとは訳が違うほどの影響力がある著名人のSNSでの発信

 

その責任は問われて然るべきだし、自らの発言には責任を持つのは、その影響力を鑑みれば絶対条件と言えよう。

小泉今日子ら芸能人の“政権批判”が、どこか空虚な理由

5/5(火) 8:26配信

週刊SPA!

“いきなりどうしたの?”と引かれる唐突感

 筆者は、その種の良識を装ったネット言論に与するものではない。だが、その一方で、多くの芸能人が、そうした発言をする際の根拠となる自らの立場を明らかにしていないことも指摘しなければならないだろう。
 政治的な思想なり態度なりを表明したことのない人が、大きな事件が起きると、いきなり権力を批判しだしたりするから、唐突感が否めないのである。

 今回の小泉氏が、まさにそのケースだ。そもそも、彼女がこれまでに何らかの政治的な態度を表明したという話を聞いたことがない。だから、“いきなりどうしたの?”と思われてしまうのではないか。それまでのノンポリな姿勢と、今回の言葉の強さ(「汚らわしい嘘や狡」)のギャップに戸惑ってしまうのだ。

 この唐突感を裏付けるのが、小泉氏がSNS上で共感を寄せる政治家である。たとえば、生活に困った人たちの電話相談にのる山本太郎氏(45)や、エンタメ業界への休業補償を訴える共産党の志位和夫委員長(65)に、老人ホームに医療機器を送り届けるニューヨーク州のクオモ知事(62)の話をリツイートしていた。

 もちろん、山本氏、志位委員長、クオモ知事の行動は称賛に値する。しかし、彼らに共感することは、道徳的な正しさに胸を打たれる心情の問題であって、本気で安倍内閣に代わって、彼らに政権を任せたいと考えるのとは、全くフェーズの異なる話だ。
 つまり、「汚れた」内閣の代わりとなるべき、望ましい権力の絵図を描けないままに、政権を“口撃”することで心のモヤモヤを解消している欺瞞に見えてしまう。ここに、小泉氏の発言への違和感があるように思うのだ。

日頃から、誰を批判して誰を支持するのか、はっきり表明する

 たとえば、アメリカのセレブ(俳優、ミュージシャン、モデル etc.)ならば、政治的な発言をする際には、自らの立ち位置を明確にする。トランプ大統領を批判する際には、(対立候補になりうる)ジョー・バイデンやバーニー・サンダーズ、もしくはマイケル・ブルームバーグらの名前を必ず持ち出す。実際に集会への参加や献金を呼び掛けるなど、具体的な行動もともなう。いずれにせよ、権力の移譲が可能な、現実的な政治家の名前がなければ、説得力を持たせられないのだ。

 セレブの発言が100パーセント正しいなどと言うつもりはない。だが、権力を批判したのちには、逆に自らも権力サイドになり得ると認識している点は、日本の芸能界とは大きく異なる。

 そこで、安倍政権のメッキも剥がれてきたせっかくの機会なので、小泉氏は、汚くない内閣とはどのような構成で、それを実現してくれそうな政党や政治家を考えてみたらどうだろうか。残念ながら、山本議員や志位委員長が内閣の主要ポジションを占める未来は描きにくいし、ましてやクオモ知事は、よその国の政治家だ。

 そのうえで、立憲民主党なり国民民主党なりの選挙応援で歌ってくれれば、政治的発言をする芸能人を見る目も、変わってくるのかもしれない。

<文/石黒隆之>

日刊SPA!

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200505-01664969-sspa-soci&p=2

以上

 

当然、これだけの発言をした以上、その発言の責任は負っておらおうではないか。

 

テレビで見かけても、私は不快感しか得ないと思うが、どこかで選挙応援している姿を見られる日を楽しみにしているし、それが見られたら、人として見直すかも知れない。