昔、流行したアニメ「鋼の錬金術師」
物語の中で、基本概念となっているのが
「何かを得る為には、それと同等の対価が必要である。」という等価交換の原則
ま、物語は、それが世界の全ての真実を表すものではないという話にはなるのだが・・・
私の好きな言葉に
「片手一杯の自由を得る為には、片手一杯の汗を流さねばならなず、両手一杯の愛を得る為には、両手一杯の涙を流さねばならない。」
端的に言えば権利義務における等価交換ということになる。
社会において、誰かが得をするということは、誰かの損の上に成立するものなのではないだろうか?
災害や事故等の不幸な出来事で損だけを受けてしまう人達が存在するが、その損すらも資本主義社会では復興需要という恩恵を被る人達がいる。
ここで言いたいのは、国の制度や補助によって得られる保護は、当然のものでは無く、誰かの損の上に成立している救済制度だという自覚の無い人達が多すぎるのではないかということだ。
自然の摂理ならば弱肉強食であり、弱い者は淘汰が待っているのみであるが、人間社会はその淘汰を弱者保護の大義によって保護して成長してきたと言えもするが、それは裕福な国家というバックボーンがあってのことなのではないだろうか?
全ての保護を当たり前のこととして、権利のみを主張することが、いかに愚かな行為であるのか、義務を果たさぬ者に権利は得られないという等価交換の原則を徹底しなければ、言った者勝ち、やった者勝ちの、弱者のふりをする強者が跋扈する世の中になりつつあることを懸念して止まない。