「パンドラの箱」ギリシャ神話で希望が生まれた物語であり、希望を人類の為の良きものとするのが、一般的な解釈とされる。
別な解釈として、希望があるから未来が見えず諦められない人は苦しむという説やゼウスが与えた災厄の一つで希望という叶わぬ思いを抱く人は空虚な日々を生きるしかなくなるという説もあるようだ。
神話の審議、解釈はさておき、パンドラの箱(壺という説もある)に残された「希望」とは、今の世界では何か?
「夢を見る、未来を思う、これは人が生きるための力なのです」
某アニメの台詞でファンならば知る人も多いと思うが、この台詞に集約されるのではないだろうか?
敗戦後の日本と、その驚異的な復興は世界的に見ても稀有な例であり、戦勝国となった中国や韓国が自分達より裕福になった敗戦国への嫉妬が現在の反日教育の根底にあり、日本によって自国を裕福にしようとする意図が見え隠れする一因であると私は思っている。
高度経済成長時代の「一億総中流」に希望を見出し頑張った人たちが近代日本の礎を築いたことに意を唱える人は少ないのではないだろうか?
つまり、良き国家の一例として、政府が夢を見る、未来を思う、いわゆる、それが希望であり、その希望を抱かせることが出来るかというのが重要なのではないかと思う。
戦後復興の中、その後、成長していく中で、政府や企業が国民や被雇用者に希望を抱かせることが出来ていた昭和という時代を思い、現代でも希望を持てるようにして欲しいと願うばかりである。
経済成長が世界的に飽和を迎えるkとがあるのは資本主義の行き着く先であるが、内需という景気循環を作り出せていれば、その影響は少ない・・・そのために貯蓄をしないで済む世の中を目指せるかは重要な課題であり、企業の内部留保、個人の貯蓄がいかに消費に向かうかを語るような政権には希望が持てるのではないだろうか?
終戦の日に絶望の淵に立った日本人が、いかにして希望を見出し、それを継続してきたか、そこに日本の文化があるのではないかと感じる。
終戦の日が、新たな希望の日のスタートになることを祈る。