憲法改正に反対する憲法学者様は、かなり多いのではないでしょうか?


実数は分かりませんが、少なくとも私が大学で学んだ限り憲法改正を唱える学者先生はおられなかったように記憶しております。


昨今、新聞各紙や報道番組などで取り上げる学者先生たちは揃って憲法絶対論とも思える理論を唱えていますが、ならば、何故、憲法改正の条文が憲法に明記されているのでしょうか?


普遍的な法は存在しても絶対的な法というものはあり得ないということは、法学を学んだ者ならば共通の認識なのではないかと思います。


人の命を奪うことは許されない罪であるということから生まれた殺人罪、しかし、これとても普遍的なものであり、緊急避難の名のもとに殺人が正当化されてしまう、つまりは殺人罪という一見、絶対に許されない罪だと思えるものですら、絶対になり得ないのが、人の作る法律であるということ


だからこそ、拡大解釈でその範囲を広げてきたものを明文化する法改正が必要になることを想定しての改正条項なのではないでしょうか?


時代の変化と共に、解釈論により、語る人によって意味合いの違ってくるような法であるならば、明確に誰もが共通の認識を持てる法に改正するのは必要なことではないでしょうか?


少なくとも中学生レベルの日本語で意味を読み取れないような解釈を必要とする条文を備えた憲法を全国民の規範とすることは、大いなる矛盾であると思います。


もし憲法改正をしないのであれば、自己満足な解釈論ではなく、日本語として矛盾を孕んでいる条文を、どのように小学生、中学生に説明するのかを考えなければならないし、決まり事、ルールを自分たちなりの解釈で違う理解をすることが、正当な行為であるというならば、子供の頃から、その手法を教育しなければ公平性は担保されないということも認め、その対応策を練った上で憲法改正に反対して欲しいものだと思う。


繰り返すが、憲法は短期間に幾度も改正されてはならぬ重要な法律であるが絶対的価値を持っているものではない、そして武力による自衛を行う必要がない時代になれば武力放棄を掲げたものに改正することが出来る、そういう法律なのではなだろうか?