ツイッターで、シールズ代表の学歴や偏差値が攻撃の錦の御旗になってると書かれていて、代表が東大出身なら「偏差値高いのに」って言うんだろ?と、結んであった。

確かに、そんな感じになると思うけど、私の観点とは少しずれている。

私は、論理的考察が足らないと思うし、実際に自己主張に対する反論に、キチンと応えられていない・・・と、言うより山本太郎議員と同様に反対は唱えるが自己主張の論拠に対する反論に全く応えられていないことが問題であるのに、自分に都合の悪い論点に応えずに反対だけを唱え続けている。

これでは、説得力も無い。


何よりも、批判している人の主題は偏差値や学歴ではなく、正しいことを言っているとは思えないというのが主題で、その理由付けに学歴や偏差値が使われているのではないかという、ずれに気づいて欲しい。


つまりは、発言が問題視されており、偏差値や学歴のせいか?という人間は。東大出身や偏差値高ければ、偏差値が高いのにと言うだろう。


なぜなら、結びの言葉は発言に問題があるということになるわけで、偏差値が低いから問題発言をするという言い方か、偏差値が高いのに問題発言をするという言い方の違いであって、主題は問題のある発言という部分にあると思うのです。
それが論理的であれば、私も反対論を理解出来るかも知れないと感じている



そして何より問題なのは、それに乗っかっている学生が賛成した議員を落選させようと騒いでいること。

安保法案なんて国政の一部でしかないのに、それだけで何かを決めようすること、落選させた後のビジョンがないこと・・・何を成すべきかも分からず、取り敢えず何かが変わるだろうなんて思いから誕生した民主党政権が何故、駄目だったのか?

成すべき目的が公共の利益に反していたから・・・変わるというのは良く変わるか悪く変わるか分からないということ。

民主党政権下で毎年三万人の自殺者が出ていたのは、米軍の対テロ作戦で亡くなった兵士の5倍・・・安倍政権になってから減少傾向にある。

君らが心配する、起こるかどうか分からない戦争より、現実の死者を減らすことの重要性が優先されないとね。

抑止力が守る経済的利益が自殺者を減らすことになるという現実の経済と社会現象の相関関係を理解して、それに反論して欲しいと思う。