民主主義の基本原理は多数決であることは言うまでも無い。
しかし、参院選での合区の問題は数の論理だけで割り切れないものがある。
そもそも代議員制度というのは、一人一人全員が議会に参加すると収拾が付かなくなることか自分達の代表として間接的な民主主義を形成したものである。
廃藩置県によって日本という国家が生まれたのであるが、それまでは藩が我が国であったものを一つにまとめる上で、それまでの我が国を行政単位に置き換えて県にしたもので、現在では県が我が国と我が故郷を形成している。
つまり、問題なのは、合区が我が国、我が故郷という心の拠り所を壊す一歩となってしまうことであり、地域の代表としてに代議員の地位を変えてしまうことにある。
確かに、一票の格差は問題であるし、一面からは公平性を欠くものであるという認識に反論は無いが、それは地域性を無視してまでも重要視すべきことなのだろうか?
少なくとも、アメリカでは州の代表としての代議員数の確保を一票の格差より優先するということが決められているし、世界的に見れば、国際会議における1票は人口ではなく、国という地域に与えられている。
1票の格差の是正は、人口比のみ基づいてしまうと都市部中心の政治に傾いてしまい、地方の疲弊は過疎による人口減なのだから少数意見として黙殺されてしまう、これは沖縄の基地問題を少数意見として黙殺できることにもなり、原発の廃棄物処理施設の建設も、建設される地域の人数より、それ以外の地域の人数が多ければ、当然、少数意見として黙殺できる。
基地も施設も、近くに出来そうもない都市部の人間達にとっては都合が良いし、政府としても復興を速く進め、抑止力を増加させるのには都合が良くなるわけであるから、国家の大勢としては良いことなのかも知れない。
1票の格差を訴える人達は、ここまで考えた上で言っているのだろうか?
私には、そうは思えないし、これが良い事だとも正直思えない。
基地問題も、処理施設の問題も数という力で抑圧すれば、不満が大きくなり、結果、言い分を聞いて貰えない人間たちの実力行使・・・いわゆるテロが生まれる土壌が生成されることになる。
そのことを踏まえて、本来は考えなければならないし、私が親交ののある政治家は、そのことを踏まえて考えていても、時間をかけなければ解決出来ない問題が多く、最高裁の判決というタイムリミットを決められれば、このような乱暴な方法にならざるを得ない。
制度として、抜本的に見直す時にきていることは間違いないし、橋下大阪市長が、一つのアンチテーゼを見せたことで、改革の方向性は正しくても感情論に持ち込まれれば崩れ去ることが分かった今、この先をどうするか、大きな転換を迎えていると思う。