あまり、具体的な話にしたくはないので、一般論として話をしますが・・・


最近、Facebookやブログに知人、友人と出会う機会が増え、それぞれの意見を目にすることが多くなりました。


無論、そこそこの付き合いがあれば、コメントも入れますし、少し考え方が偏っているなと思えば、こんな考え方もあるよなどと言えるのですか、そこまでの付き合いが無く、でも、この考え方は心配だぞと思う時、困りますよね?


問題なのは、これだけ情報が氾濫していると、自分の都合の良い意見ばかり集めて、自分の考え方が正当であると思ってしまい、実は説得力の無い情報の上に成り立っていることに気付かないということがあります。


そして、反原発運動で如実だったのが、様々な数値、数字が、自分達にとって都合が悪い時に、根拠を示すこと無く、本当の情報を国が隠しているとか、情報操作をしているとか言い出し、現実から目を背けてしまうということです。


例えば、薬害に関することで、製薬会社や国が隠蔽したと報道されていましたが、結果的に隠蔽というよりは情報を知り得た時期の問題となってしまい。事実を隠したということとは、少しニュアンスが違うようでした。


食品添加物、化学調味料、予防接種、ワクチン、化学物質、アレルギー、これには、当然、様々な意見があります。


確かに、危険を指摘されることも多いのですが、全ての物事には作用、副作用があり、利益衡量を行いながら決めているということです。


極論ですが、助かる命が多い方を選ぶという厳しい決断が付きまとっているわけで、100%安全とは言えないものも多く、その犠牲になる人もいるというのが現実で、そこだけをクローズアップするのか、それ以上に助かった多くの命を考えるのかで、大きく変わってしまうのです。


私が心配しているのは、感情を引き込まれやすい犠牲者の方に向いてしまい、現実として大きな効果を上げている手段を、嘘の情報で作られたとして否定してしまう、それは、物事の全体像を見ること無くデマに引きずられているに等しいことに気付いて欲しいのです。


美味しんぼの鼻血の話と一緒です。


自分が否定してしまっている事実を認めた上で、根拠のある考えを持たないと守るべきものも守れないし、考え方の偏った子供が育ってしまうということ知って欲しいと思うのです。