イラン・イラク戦争時にテヘランに取り残された日本人を救ってくれたトルコ航空機の話
明治23年に、起きたトルコ軍艦エルトゥールル号の遭難に際し和歌山県大島樫野村の人達によって行われた救助活動とその後の日本の対応を、深い感謝と共に歴史教育として培っていたトルコ国民の心が、当時自衛隊を国外に派遣することも出来ず、タイムリミットの関係で安全確保が出来ないと日航が救援用の飛行機を出せなかった為にテヘランに取り残された日本人を、陸路で避難出来るからと自国民より優先して救ってくれた話です。
先人の良き行いが、良い因果応報として起こした奇跡
ここで忘れてはならないのは、日本という国が海外で活動する邦人がこれだけ多くいるにも関わらず、自力で救出することすら出来なかったのは、戦争に結びつくと自衛隊の活動を制限した法律と、自国民の命を救うという大義名分を与えられても超法規的措置をとることを許されなかった当時の政府の存在。
集団的自衛権、秘密保護法、自分達を危機から救ってくれることがあるということを、戦争に結びつくと反対している人は、海外に行っている奴や海外と競争している人間は、自己責任だから見捨てろとでも言うのだろうか?
少なくとも、攻撃手段を持たずにスクランブルをしていた航空自衛官は打ち落とされるまで反撃が出来ず、先兵は打ち落とされることにより有事を証明するしか無かったことや、この件のように数百人の自国民を見殺しにすることしか出来なかった事実に学習することは無いのだろうか?
そして、トルコに学ぶ教育の重要性
歴史教育で成された日本への感謝は、自国民を陸路500㎞も移動させて避難させてまでも、日本人を救うという行為に対して、タダの一人も文句を言う国民はいなかったという。
教育によって人助けの出来る国民性を育み、自国を愛し平和を求める心を育てることは世界に誇る日本人を育てることにつながるはずである。
東日本大震災で、世界に賞賛された日本人の思いやりに溢れた秩序正しき行動は先人の教えによるものであり、そのような行動をとれない人間を諫めるような社会でならなければいけないはずである。
モンスター何とかなんていう反社会的な人間を野放しに出来ない社会を作り出せるようにするのが正しい教育なのではないか?
過去に学び助けられた恩義を忘れずに行動出来る素晴らしさは、反対運動と称して他者に恐怖を与えるような人間を是とはしないはずである。
抗議を行うなら、他者に迷惑をかけずに最低限のルールである法律に違反しないこと以上にモラルに触れないように行動することが重要なのではないか?
テロと同一視するなという意見があるが、武器の仕様の有無や、死者や負傷者が出ているかというような行動や結果の問題では無く、少数意見であるが故に通らない自分の意見をルールやモラルを無視して通そうとすることが、テロと精神構造が同じではないかと指摘されていることに気付くべきだと思う。