ビアンキのクラッシュ映像の放映、放送禁止はチャーリー・ホワイティングの指示だったのですね。


目撃者の話や、スーティルの談話がネットのニュースには出ていますが、相当に激しい損傷だったようですね。


こうやって考えると、過去のF1・・・70年代、80年代前半は、トップドライバーのクラッシュした映像が売り物となってしまうようなドキュメンタリー映画があったり、F1サーカスと呼ばれることに内包される意味を痛烈に感じた時代とは変わり初めているのだと実感しました。


セナのような事故でも、今ならクラッシュした瞬間が放映画像に写り込んでいても、他のアングルの映像に差し替えられて放映されないようになるのかも知れません。


何を基準に判定するのかは分りませんが、不必要にクラッシュやドライバーの生死だけを強調してF1の根本を知らせない多くの報道機関が存在することを考えると、このような措置も必要なのだろうと思います。


私を含めた古くからF1を観戦しているファンの中には、命を懸けて走るドライバーだからこその刹那主義的な生き方に感銘を受けたり、格好良さを感じたりした人も多いと思うのですが、ドライバーのプライベートや人間味が見え辛くなっている今、F1のダークな部分としてだけクローズアップされるのは納得いかないですから、良い事なのだと思います。