はや、10月・・・随分、長いこと考えていたものです。
「行き所の無い怒り」
良く聞く言葉なのですが、東日本震災や医療事故、交通事故・・・etc
その場にいた者ですら全てを把握するなど出来ない事実を、後から形にしていき認識するという作業の訴訟
時として、怒りの行き場を作る為?と、思える訴訟がある現実
身内を奪われた悔しさが、行き場の無い怒りとなることを許せずに行き場を探す。
昔は泣き寝入りと言われていたものが攻勢に転じた途端に、責めることの出来ない人をも責めてしまうことに納得出来ない私がいます。
人生を奪ってしまった責任を取らなければならない者と、その責任を問うことが正しいのかどうか疑われる者の区別なく訴訟が行われ、敗訴しても自分達の主張が認められなかったと言い、自分達の要求が理不尽なものであっても認めずに、正当とは思えぬ怒りをぶつけ続ける人もいれば、怒りをぶつけても何も変わらぬと自分を責め続けている人もいる。
本当は、個別具体的に語らなければならないことなのに、学校、医療現場、災害現場と、何かと一括りににして同じものと分類して悪を見出そうとする。
そんなことが、産科や小児科の医師を減少させ、まともな教育者を失わせていくという現実。
何か、釈然としない矛盾が存在していることに心の整理がつかないまま、悶々としている、この頃なのです。