大方のイメージは、戦闘シーンで追い込まれた状況を打破するために全滅を覚悟しての反撃で、相手の虚を突き活路を開く・・・こんな感じでしょうか?


「宇宙戦艦ヤマト2199」を観ていて


「死中に活を得る、これこそ沖田戦法!」

「ヤマト侮り難し!」

なんて、台詞が出て来ました。


相手方が、想定外の行動や想定しても最も不利な戦略だから選択しないだろうと思われる手段を講じることで、相手の反応の遅れを導き一瞬でも自分に有利な状況を作り出す。


窮鼠猫を噛むではありませんが、追い込まれた人間の強さと相手の油断をつくことが、このようなことを可能にするのだと思います。



ところが、他者に対してと、対自分にたいしては少し違う気がするのです。


生き抜く為に沈着冷静な行動をとるという意味では、根本は同じだと思うのですが、自分が命の危機に晒された時、冷静でいるようで冷静になれていないというのが一般的で、自身の経験も踏まえて言えば、対自分において死中に活を得る為には、「諦めが肝心」ということになると思っています。


追い込まれた状況の中で、生きようともがけばもがくほど同じ行動を繰り返してしまい状況に変化がないのに、「こりゃ駄目だ・・・無理だな」なんて諦めた途端に急に時間の進みが遅くなったように感じ、妙に冷静なり自分の置かれた状況を俯瞰出来て、活路を見出せる。


極論に近いのですが、指1本、足1本を失っても命が助かるならと、他人には言えても自分には決断できないというようなことはありがちだと思うのですが、数秒の間に決断しなければならなくなった時、諦めた瞬間に自分を他者に置き換えて利益衡量が出来るということなのだと思います。


矛盾していますが、「生きる為に足掻くことを諦めた時、生きる術が見つかる。」、これも、死中に活を得る、一つの方法だと思うのです。